1998,12,25
渚の英雄伝説 −第58話−
ここはイゼルローン要塞大宴会場「孔雀の間」。
「みんなー、グラス持った〜?」
マイク片手に調子よく声をはりあげるミサト。
「じゃあイくわよー、せーの」
「「「「メリークリスマス!」」」」
会場のあちらこちらからグラスの触れあう音が響く。やや遅れてビリビリと伝わってきた振動は、景気づけに放たれたトールハンマー 三連射のモノであろう。
「うい、うい、うい、ぷっはぁ〜、やっぱ勝利の美酒ってのはいいわね〜」
「葛城さん、クリスマスに缶ビールってのは・・・」
「クリスマスだからって、何もムリしてシャンパンなんか飲む必要ないじゃなーい。何事も形から入るのは日本人の悪いクセよ」
「葛城さん、言ってることが違うのでは」
「いいの、いいの。今日は無礼講だからじゃんじゃんイってちょうだい。料理も山ほどあるからねー」
何がいいのかはともかくとして、確かにテーブルの上には山のような固まりが存在する。
「トールハンマーって火加減が難しいのよねー。ちょーっち焦げてるケド、味は私が保証するわ」
ニコニコと満面の笑みを浮かべるミサト。(トールハンマーで何を焼いたんだか)
パーティーの参加者は、こわごわとテーブルの上の物体を見つめるだけ。料理の食材もさることながら、ミサトの保証が一層の不安をつのらせているのは言うまでも
ない。
静寂が会場を支配したその時、一人の人物が名乗りをあげた。
「1番、日向マコト・フォン・シュナイダー。葛城さんの為なら死ねます!」
「「「おお!」」」
どよめきを背に、料理にかぶりつくマコト。男である。
「・・・・あれ?ウマい」
「「「おお!」」」
「何なのよ、そのどよめきは!」
トールハンマーで焼いたのは確かにミサトであったが、味付けはイゼルローン料理長の苦心の作であることを付け加えておく。
食えるとわかれば人類に怖いモノはない。
「おお!こりゃイけるわ」
「この手の部分なんか、シコシコとした歯ごたえがイイわね」
「光球の煮込み、味がしみててオイシイ」
シトの乱獲が国際問題になる日も、そう遠い事ではないのかもしれない。
同盟首都星ハイネセン。
ここキャゼルヌ家でも親しい友人たちを集めたささやかなパーティーが開かれていた。
ピンポーン
呼び鈴の音にトテトテと玄関に走るユイ。
「あっ、レイちゃんだ!」
扉のむこうには久々の再会となるレイ。ユイは思いっきりレイの足に抱きついた。
ズルズル
とまどいの表情を浮かべながらも、足にまとわりつくユイをひきずりながら家の中へと入っていくレイ。
(こー見えてもレイはテれているのである)
「・・・お邪魔します」
レイと一緒に来たのか、オドオドと姿をあらわすシンジ。キャゼルヌ家の門をくぐるのは、彼にとってコレが初めての経験である。
「パパ!」
レイに引きずられてクラクラしながらも、今度はシンジの足にしがみつくユイ。
「あら、シンちゃんがパパなの?」
奥から表れたエプロン姿のユイさん。
『ものすごくお母さんって感じだ』
我を忘れてユイさんに見入るシンジ。 こーいう場合、シンジを殴り飛ばすべきか判断に迷いが生じるレイ。 ユイさんの妙に若いところが微妙である。
部屋の片隅で、この家の主である冬月がつぶやく。
「じゃあ、私は何なんだ」
「「「じーさん」」」
ユイ、レイ、さらにはユイさんの見事なユニゾンに涙がにじむ冬月。
「ふ、じーさんは用済みだな」
ユイさんの手料理が並べられた食卓にヒジをついてニヤリと笑うゲンドウ。
「お前を招待した覚えはないぞ」
「何事にもイレギュラーは存在する。問題ないと言うか、この七面鳥は絶品だな」
「勝手に食うな!」
その頃、フェザーンに進駐している帝国軍では。
「鈴原、あの・・・コレ」
「おお、インチョ。いつもスまんのー」
あれこれといろいろ考えたすえに、けっきょくこの男には食い物が一番であるという結論に達したヒカリのクリスマスプレゼントはお弁当。
「そや、ワシもイインチョに渡すモノがあったんや」
トウジの思いがけない一言にポォっ顔を赤らめるヒカリ。 そんな二人の姿が、部屋の片隅でワインを飲むアスカの目にとまった。
「へー、クリスマスプレゼントだなんて、熱血バカにしてはヤるじゃない。ゲッ、でもアレってジャージじゃないの。やっぱりバカの 考えてる事はわからないわね・・・ウソー、何でヒカリもそんなに嬉しそうな顔してるのよ。ジャージなんか握りしめてー」
さらにハイネセンの片隅では
「うー、なんで女二人でクリスマスなのよー」
「いいじゃないですか。こんなに戦利品もあるんですから」
二人がいる部屋はフェザーンで買った高級商品で埋め尽くされていた。
「こうなったら食べてやる、ひたすら食べてやるー」
「・・食用リリス。シャトルの貨物室が埋まってると思ったら、そんなモノまで買ってきたんですか」
「乙女の胃袋には、たくさんの愛が必要なの」
「また太りますよ」
「イヤー、それだけは言わないでー」
何はともあれ、メリークリスマス。
「・・・碇君」
パーティーを抜けだし、誰もいない部屋にシンジと二人っきりという状況を作り出す事に成功したレイ。
「何?」
「・・・今日は、クリスマスだから」
「ええっと、そっか!プレゼントだね。えーっと、チョット待ってよ」
そう言ってゴソゴソと鞄の中から取りだしたモノは、ごく普通のセーター。フェザーンの経済状況を知るためにシンジが購入した、た った一つのモノである。よく考えれば、そんな時間などあったハズもないのであるが、ここにセーターがあるのだからしょうがない。
「・・・コレ?私に?」
「うん、綾波なら似合うと思って」
サイズがしっかりシンジの体にあっている事を考えれば、そんな言葉を信じるものはいない。
「・・・ありがとう」
ギュッっとセーターを握りしめたレイ。本当に嬉しそうである。
「・・・着てみてもいい?」
「もちろんって、ああ!どうして脱ぐのさ!」
とか言うシンジも無理に止めようとはしない。 下着姿になったレイは、そのままシンジからもらったセーターを着てみる。
「綾波・・・いつの間にそんな高等テクニックを・・・」
レイの素肌にセーター攻撃、シンジのツボに見事に命中。
チクチクしてかゆい
長期戦は不利であると判断したレイは、一気にシンジの懐に攻め込むことにした。
「碇君・・・今日は、クリスマスだから」
ずいっと目の前にせまるレイ。 至近距離から赤い瞳に見つめられ、クラクラと目が回る思いのシンジ。
「小さい頃の僕は、クリスマスなんて嫌いだった。でも今なら好きになれるかも知れない。クリスマスが好きな自分がいても、いいのかも知れない」
もう一押し
そう思った瞬間
ガラッ
音をたてて開かれるふすま。
「あら、お邪魔だったかしら」
「うわー!母さん。違うんだ、僕は僕でいたいだけで、コレはそれとは全然関係ないって言うか、とにかくクリスマスなんだ」
「なんだとーシンジ!貴様と言うヤツはクリスマスでレイに何をする気だ」
「シンジ君、私は君を信じていたのに、そーいう所だけはゲンドウの血だな」
それが宇宙歴799年のキャゼルヌ家のクリスマスであった。