1998,11,30
渚の英雄伝説 −第57話−
同盟軍イゼルローン要塞駐留艦隊に所属する戦艦ユリシーズの艦長は、この数日、不機嫌の谷底にうずくまっていた。その理由は最近になって仕事の量がみょうに増えたことにある。たたきあげの軍人である彼は自分の任務について不満を持つなどめったにないことではあるが、この現状はいかんともしがたい。
ユリシーズの艦橋では副長以下クルーの皆がなにやら電話の対応に追われているのである。
「何?、ユリアン・シンジの女性遍歴!?」
「ユリアン・シンジに7人目の隠し子!?」
「対談企画ユリアン・シンジと愛人達!?」
次々と舞い込むエセ情報、怪情報、訳の分からない番組の出演依頼、自伝の出版依頼等々。過去の一時期ではあるが、ユリアンがこの艦に所属していた事が災いしたらしい。
「何時からこの船は広報課に転属したのかな?」
パイプをくわえた艦長が苦々しく呟く。葉巻でないところがナイスだ。
「小官の記憶に寄れば、某駐在武官が配属されてからでしょう」
副長の答えは淡々としている、表情も平然とした物だ。ただし、目は底光りをしていてなかなかの迫力。
「あんな小僧に金をつぎ込みおって、こちらに回せばいい物を・・・」
あくまで苦々しげな艦長、それも当然といえよう。分艦隊「オーバー・ザ・レインボウ」の旗艦が今ではパシリ以下の扱いなのだから。
「これを見てください」
副長が差し出す請求書を見て艦長は目を剥いた。
ジュエリーマキ・フェザーン店。ダイヤの指輪。ルビーのネックレス。
オールドパリ・フェザーン店。ミンクのコート。カシミアのスカーフ。
シェザール・フェザーン店。フランス料理フルコース×3 エトセトラエトセトラ
合計額・・・艦長の年俸の20倍だ。
「署名にはユリアン・シンジとあります」
副長の表情はとことん冷静だ。こめかみに血管が浮き上がり、拳がミリミリと音を立ててはいるが。全額、必要経費で落とすつもりらしい。無論、マナとマユミの買い物だ。ちなみに請求書にシンジの名前を書いたのはマナである。
行方不明の駐在武官を探してるはずなのだが錯綜する情報の中、いつの間にかシンジが愛人と豪遊していることになったらしい。
バキッ
艦長の手の中にあったパイプが音をあげて砕けた。その瞬間、ブリッジにけたたましい警報が鳴り響く。
「敵襲、前方に敵艦隊の遷移を補足しました。その数・・・およそ3万隻!」
「すごい、すごい、すごい、すごすぎるー」
なし崩しに始まった同盟領侵攻作戦「ラグナロック」。その一翼をになうヘテロクロミアなメガネの提督オスカー・フォン・相田ケンスケ上級大将は興奮の極みにいた。
「大軍を率いて戦場に立つ、男だったら涙を流して喜ぶべき状況だね」
実際、涙を流して喜んでいる。これでいつ死んでも本望であろう。(縁起でもない)
コクピットの後ろに設けられた狭い指揮シートで感涙にむせぶケンスケである。
コクピット? 狭い? ケンスケ、お前は何に乗っているんだ?
「ミル55D輸送ヘリ、こんな機会じゃなきゃ乗るチャンスはないからね」
何も宇宙戦でそんなモノを引っぱり出さなくても・・・・ご丁寧にローターまで回して。
「しょうがないだろ、コイツじゃなきゃ収まらない荷物があったんだから」
機体を見れば、腹のカーゴスペースにしっかりとくくりつけられている巨大なシト。ゼルエル・ケンプ。レイに連れられて行ってしまったアルミサエル・ルッツに変わり、ケンスケの副官として登場である。(ますます縁起でもない)
「前方に敵影、発見」
前の席に座るパイロットの報告に、すかさずハンディカメラを向ける。
「おー、いるいる。空母が5、戦艦4。大艦隊だ」
「どうします、見逃しますか」
パイロットの方は、当然こんな小物を相手にするなど思ってもいない。しかし・・・
「くっくっくっ、このへんで僕の実力を示しておく必要があるからね」
ヘテロクロミアなメガネが怪しくきらめく。
「なぎはらえ!」
ケンスケの命令と同時に、ヘリの腹に収まったゼルエルの口から荷粒子砲が発射される。十字架にもにた閃光をあげて、次々と爆散する同盟艦隊。
「くあーはっはっは、コレだよ、コレ。僕の長年求めていたものは。この圧倒的なまでのパワー。今、僕は神とともにあることを確信している」
与えられた強大な力に陶酔するケンスケ。かなりアブない。
「フェザーンへの出張、ごくろうだったな、冬月」
めずらしくも冬月へねぎらいの言葉をかけるゲンドウ。彼としては、邪魔な冬月が出張に行っている間にユイさんとの逢瀬を目論んでいたのだが、やはり買い物好きのユイさんがこの機会を逃すわけもなかった。さっさとフェザーンに行かれてしまい、悔し涙に枕を濡らさぬ夜は無いゲンドウであった。
「それで首尾は」
そんな思いをおくびにも出さず、淡々と話をすすめる。
「私には、こんなやり方は性に合わんのだがね」
鞄から取り出した資料をバサリと机の上に置く。
「しょせん人間の敵は人間だよ。原罪の汚れ無き浄化された世界など存在しない、人が生きている限りな」
「だからと言って、積極的に罪を重ねる必要もあるまい」
「罪ではない。これは私たちに残された最後の希望なのだ」
「希望ね・・・お前さんの口から、そんな言葉が出てくるとは世も末だな」
「パンドラの箱を開けることなしに、希望は手に入らんよ」
「それが全ての災いの元となってもかね」
「希望は人の心の中のみに存在する。パンドラの箱とは人そのものではないか」
「・・・そんなロクでもない事ばかり考えているとハゲるぞ」
「ぐはぁ」
冬月の言葉は最近生え際が気になりだした自称30歳のヤン・ゲンドウにクリティカルヒット。
「・・・と、ところで冬月、アレは何だ」
無理矢理話を別の方向へ向けた。
大きな窓ガラス越しに見える下界の様子を興味深げに眺めているのはユイ。統合参謀本部ビルの高層に位置するこの部屋からは、首都ハイネセンポリスが一望できる。
「ああ、彼女かね。親戚の子を預かることになってな、ユイというんだが何か気になるのか?」
自分の名前が耳に入ったのか、こちらを振り向いたユイはニッコリと笑った。
「・・・ものは相談だが、うちのシンジと交換というわけにはイカンか」
「ダメだな」
即答
「・・・ええい、このユイマニアめ。もとはと言えば、全部私のモノであったハズを」
イスを倒して立ち上がるゲンドウ。(マニアはお互い様である)
「何と言われてもダメなものはダメ」
「くぅー・・・・」
悔し涙に視界が曇るゲンドウであった。
ところでゲンドウ、帝国が攻めてくるのになぜハイネセンにいるんだ?
−イゼルローン要塞−
ヘテロクロミアなメガネの提督率いる艦隊との壮絶な戦いが繰り広げられていた。
「10番から37番まで砲台をFブロックにまわして!強羅絶対防衛線を突破されたら後がないわ」
「葛城さん、お願いですからそんな不吉な名前を防衛線に付けないで下さい」
「左舷、弾幕薄いわよ、何やってんの!」
ノリノリで作戦指揮をするミサトであった。ひょっとしてイゼルローンは落ちないかも。