1998,11,07


渚の英雄伝説 −第55話−

やぁ、僕を待っていてくれたのかい


 

ブリュンヒルトの上甲板の一部が四角く口を開く。ウィーンという効果音とともに中からせりあがってくるのは勿論あのシト。長きにわたる沈黙の時を越え、ついに同盟編になぐり込んできたカヲルである。

「僕のいない間にずいぶんと好き勝手にやってくれたようだね。TV中継でシンジ君が連れ去られたのを見た瞬間、僕はフェザーン占領を心に誓っていたよ。レイはシンジ君を拉致監禁して、あんな事やこんな事をたっぷり楽しんだんだろう?想像するだけで、僕の視界は涙に歪んでしまうよ。だが、それもこれで終わりさ。その為に僕はここにいるのだから・・・」

 

「カヲル君、君が何を言ってるのかわからないよ」

「きっとまた、たわごとよ。気にしなくていいわ」

現在、ブリュンヒルトは上空5千メートルを旋回中。とうぜんカヲルのセリフなど、シンジ達の耳に届くハズもなかった。

「何をするつもりなのかな、カヲル君は・・・」

「カヲルは悪役だもの、きっと私たちの邪魔をしに来たのね」

いや、この物語で一番暴走しているのはレイだと思うのだが・・・

「碇君は、私が守るもの」

水平にのばした右手の先には、鈍い音を響かせて床からせりあがってくるポジトロンスナイパーライフル改。久しぶりのキめゼリフに気合い十分のレイである。

「加速機、同調スタート」

照準機内蔵のバイザーをかぶり、淡々と発射シーケンスに入る。

「強制集束機、作動。惑星自転及び重力誤差、修正0.03。薬室内、圧力最大」

レイの周囲に漂う緊迫した空気。このスキに、シンジはトイレに駆け込む事にした。

 

「無駄だよ、レイ。そんなモノで僕のATフィールドを貫けるとでも思っているのかい。それではエネルギーがまるで足りないね」

上空で余裕の笑みをうかべるカヲル。しかし、もし彼が今少しの高見からこの状況を見下ろしていたとしたら、やはり同じように笑うことができたであろうか。

星間貿易と文化の中心、高度に集約された情報と技術の結晶、惑星フェザーン。そこで暮らす人々が生み出す街の光の輝きは、すべての陸地をあまねく埋めている。それが今、ある1点を中心にまるで波紋が広がるように消えていくのである。予告無しでの惑星規模の大停電、住民には迷惑な話だ。

 

「電圧上昇中、加圧域へ。最終安全装置解除、全て発射位置」

レイの視界で照準に映る目標と、センターマークがピタリと重なる。バイザーからのぞく口元がわずかに引き締まる。次の瞬間、轟音とともに惑星フェザーンの全てのエネルギーが発射された。

 

カキーン

カヲルの壁の前に四散するエネルギーの奔流。

「ふっ、無駄だと言ったハズだよ」

セリフの割に、彼の心臓はバクバクいっていたりする。かなりヤばかったようだ。

 

「・・・目標健在」

バイザーをはずし、残念そうにつぶやくレイ。出力はこれで最大である。残念ながら、ここにロンギヌスの槍は無い。しばらくの間、無言でたたずむレイ。

「・・・何かあったの?」

何事もなかったかのような顔でトイレから戻ってくるシンジ。その顔を一瞬見つめたレイの脳裏に、ひとつのアイデアが閃いた。

「アルミサエル」

呼べば出てくる便利なシト。ほとんど、レイ専用の攻撃アイテムである。ほんとはルッツなのに。

そんな事はおかまいなしに、ムンズとアルミサエルの首らしき部分を捕まえるレイ。そのまま頭とおぼしき所を目の前にたぐり寄せる。

「あなた、ひとつになるの好きよね」

首をつかまれたアルミサエルの頭がシンジの方に向く。

フルフルと首を振るレイ。

しばし考えたアルミサエルが、今度はポジトロンライフルの方を向く。

コクコクと頷くレイ。

ブンブンと思いっ切り首を振り、拒絶の意志を表すアルミサエル。

「・・・でもダメ、もう遅いわ」

無理矢理ライフルの薬室にシトをねじ込むレイであった。

 

「あの・・・綾波、・・・何してるの?」

背後からかけられたシンジの声に、ゆっくりと振り向いたレイはポツリとつぶやく。

「・・・天使銃」

謎の言葉を残し、再び暴れるアルミサエルを詰め込み始める。だいたい詰め込み終えたようだが、ライフルの狭い薬室内に収まりきらなかったアルミサエルの一部が、はみ出してピョコピョコと動いている。

ブン

ATフィールドの手刀により邪魔な部分を切断するレイ。

(・・・むごい)

自分の身長よりも長い銃身を天空に構える。目標は先ほどよりもややその高度を下げている。

「発射」

 

「ふっ、何度やっても同じことさ」

余裕のATフィールドを展開するカヲル。しかし、彼の目の前で信じられない事が起こった。発射されたエネルギーが、彼のATフィールドを浸食しているのである。

「まさか!」

 

閃光

 

「目標の殲滅に成功」

「ああ!ブリュンヒルトが墜ちていく」

艦の中央をアルミサエルに貫かれ、黒煙をあげて落下していくブリュンヒルトは山の稜線の向こう側に消えた。入れ替わるようにして、その山のむこうから接近してくる小さなシャトル。

すかさずライフルを構えるレイ。

「違うよ、あれは味方だから」

レイの動きを止めるシンジ。ピンク色に塗装された機体には見覚えがある。艦首に描かれたイラスト風の似顔絵、マナのシャトルに間違いない。

小型と言っても十分に大きな機体を軽々と操り、2人の目の前でコブラなどキめて急制動をかけるマナ。ハッチを開いて外部スピーカーにつながるマイクに叫ぶ。

「シンジ君、早く乗って! ボヤボヤしてると帝国軍が攻めてくるよ。さっき、同盟に対して宣戦布告があったんだから。ここを脱出するから、急いで!」

 

「うん、わかった」

シャトルに向けて駆け出そうとするシンジ。

「・・・碇君」

消え入りそうなほどに小さくつぶやかれた一言が、彼の耳に届いた。

「・・・行くの?」

「・・・うん、僕はやっぱり、ユリアンだから・・・」

「・・・絆、消えてしまった・・・消したのは私・・・だから碇君も消えるのね。私の前から・・・」

寂しげにうつむくレイを前に一瞬だけ躊躇するシンジ。しかし、彼はしっかりと手をのばし、レイの右手をつかまえた。

「一緒に行こう、綾波」

顔をあげたレイの前には、優しいシンジの笑顔が広がっていた。

『・・・これが私の求めていたもの・・・』

コクンとうなずいたレイは、ゴソゴソとスカートのポケットからチョコレート色の靴墨を取り出す。

「・・・えっと、どうするの?ソレ」

「塗るの」

「どこに?」

「私の顔に・・・」

「どうして?」

「碇君は、私がまもるもの」

「ひょっとして、レイ・マシュンゴ准尉とか?」

コクリ

「・・・・あの綾波は、今のままでいいから」

小首をかしげるレイを説得するのに、その後かなりの時間を必要とするシンジであった。

 



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