1998,10,23


渚の英雄伝説 −第53話−

そして・・・


 

「碇君・・・」

小さくつぶやいたレイが、シンジの寝ているベッドにそっと腰を下ろす。

『いいのかな、いいんだよな。だって僕は綾波の愛人だから、これってやっぱりそういう事なんだよな。・・・でも綾波のことだから、もしかして、いや、ひょっとしたら』

相手がレイなだけに、一抹の不安を拭いきれないシンジ。

『アルミサエルはこの前使ったから、たぶん大丈夫だ。でも、問答無用でLCLにされちゃったらどうしよう』

シンジにも学習能力はある。ただし、それが自己の行動を決定するのに有効活用されているかは、はなはだ疑問である。

ギシギシ

ベッドがきしむ。枕元に腰掛けていたレイが侵攻を開始したようだ。

『来たー』

高まる期待、はじける興奮、さっきまで感じていた不安は嘘のように消えた。まぁ、そんなものである。

 

 

「もぉー、シンジ君達どこに行っちゃたんだろーねー」

「何だか、悪い予感がします」

シンジの身に何がおころうとしているのか、彼女たちに知るすべはない。それでも彼の身を案じて、こうして当てもなく街をさまようマナとマユミである。

「そーねー、じゃあ、この順番で目撃情報を集めてみましょ」

派手に飛び去ったレイの目撃談を求めて、地道に聞き込みして回る彼女達。マナの手には何やらリストのようなモノが握りしめられている。

「うっわー!見て見て、すごーい。この服なんていい感じじゃない」

「私はそういうのはちょと・・でも、素敵なお店ですね。ここで聞き込みをするんですか?」

「すいませーん、これ試着しまーす」

リストをマユミに手渡しあっという間に試着室に飛び込むマナ。困惑気味のマユミがリストに目をやれば、それはフェザーン赴任にあたりマナが作成した「フェザーン買い物リスト」であった。

「マナさん・・・ちょっとでもあなたを信じた私が愚かでした」

 

 

さっきまで天井しか見ることのできなかったシンジの視界、今そこを占めているのは覆いかぶさるように上から見下ろすレイの赤い瞳である。

「綾波・・・」

「何?」

「コレがやりたかったの?」

コクン

小さくうなずくレイ。
彼女の膝にはシンジの頭が乗っている、いわゆる膝枕というヤツである。どこかで某有名SSを読んで、やってみたくなったのであろう。ベッドの上で膝枕というシチュエーションは傍から見れば奇妙な光景ではあるが、レイの表情はけっこう嬉しそうだったりする。

『綾波、まさかコレだけで終わりじゃないよね』

シンジ、何を増長している。

 

 

「よーし、次の聞き込みに行くわよ」

「次ってココですか?」

「そっ、ココ」

「ココって、宝石店じゃないですか。私たちみたいなパイロットの給料では、あまり高価なものは・・・」

「大丈夫、ぜーんぶ領収書をもらってるから」

「もしかして、さっきの買い物も全部経費で落とす気ですか?」

「あったり前じゃない、私たちは聞き込み調査をやってるのよ。情報にはそれに見合った代価を払う必要があるの。同盟政府だって必要経費として認めてくれるわ。すいませーん、このダイヤの指輪を見せて下さーい」

グッ

店員を呼ぼうと振り上げたマナの腕をマユミがつかんだ。

「そういう事なら、私にも見せて下さい」

「ふっ、マユミ。あなたも私と同じね」

意気投合する二人。ああ、女の友情に幸アレ。

 

 

さっきまで見上げていた赤い瞳が、今は自分の横にある。よくはわからないが、先ほどよりもいくぶん表情が険しくなっているようだ。

「綾波、楽しい?」

「・・・わからない」

二人の体勢は「膝枕」から「腕枕」に移行していた。
膝枕がいたくお気に召したレイは、今度は噂に聞く腕枕なるものに挑戦しようと思い立ったのである。しかし、彼女は重大な間違いに気づいていない。シンジの頭の下にレイの腕がまわされているのだ。

「ねぇ、重くない?」

「・・・わからない」

シビれて感覚がなくなってきたようである。

 

 

「ふー、けっきょく見つからなかったね」

「意地でも探していた事にするんですね」

「疲れたー、なーんかおいしーものが食べたーい」

「そう言って、何をおもむろに取り出したんですか?」

「いいでしょー、これも私が作ったんだよ」

マナの手には「フェザーンおいしい店リスト」なるものが握りしめられていた。

 

膝枕、気持ちのいいもの。 あれは多分、幸せの形。

腕枕、重い、重い頭。 時間をかけるとシビれるもの。

 

腕枕がいまイチお気に召さなかったレイは、その後シンジの隣に添い寝する体勢で落ち着いている。

「綾波、お願いだから、もうコレをほどいてよ」

シンジはまだ、包帯グルグルのままであった。丁寧に巻かれた包帯は、指1本動かす隙間もなく彼の身体をおおっている。

『ああ、せめて右手だけでも自由になれば』

それでどうする。

「とにかく、これじゃあ拷問だよ」

包帯ごしに伝わるレイの感触が、シンジのリビドーを刺激してやまない。そんな事はお構いなしに、隣でスヤスヤと寝息をたて始めるレイ。

「綾波、本当は起きてるんじゃないの?」

おだやかなその寝顔には、うっすらと笑みが浮かんでいるように見える。

「マナの事、まだ怒っているとか・・・」

一瞬、呼吸が乱れたような気がしたが、それでもレイは眠り続ける。
彼女の見る夢が楽しいものであることを、作者として切に願ってやまない。

 



続きを読む
メニューに戻る