1998,09,18


渚の英雄伝説 −第51話−

伝わる思い


 

フェザーン第一宙港は、修羅場と化していた。

「この人たち、誰」

「ああ、ちがうんだ。えっと、そう、僕の護衛のために一緒に来てくれたんだ。ホントにそれだけだから」

「・・・護衛?」

「そうだよ、たんなる護衛だから」

「護衛・・・碇君を守る人・・・私じゃないのね」

レイの瞳が悲しみに曇る。

「私が守ると決めたのに・・・守れなかったから・・・いらなくなるのね私」

「ああっ、しまった」

「何を望むの私、欲しいのは絶望、無に還るのね。碇君にはもう必要なくなったから」

「ゴメン。僕はバカだから綾波の気持ちが全然わからなくて・・・でも綾波は僕に とって絶対に必要な人なんだ。それは僕を守ってくれるからとかじゃなくて、ただ 僕のそばに居て欲しいっていうか」

「・・・私、ここにいてもいいの?」

「あたりまえじゃないか、それが僕の願いでもあるんだ」

「・・・私、ここにいてもいいの?」

「そうさ、綾波はそう願わないの」

「・・・私の願い、私の気持ち」

「うん、そうだよ。よかった教えてくれないかな、綾波の本当の気持ちを」

見つめあう瞳と瞳。

コクン

小さくうなずいたレイはスッと右手をあげた。

「アルミサエル」

レイの言葉と同時に、光の輪が彼女の頭上に現れる。 のばした右手でムンズとその輪を掴むレイ。まるで尻尾を捕まれたヘビのように、身 をくねらせて暴れるアルミサエル。

碇君

尻尾を胸の前で両手に掴んで思いを込める。それまで暴れ回るだけだった アルミサエルの動きが、その思いに反応するかのように変わった。鎌首をもちあげて周囲 を見回し、シンジの存在を確認する。

「・・・えっと、どうする気なのかな?」

不吉な予感を感じるシンジ。

「これはすべて私の気持ち。碇君とひとつになりたいという私の思い」

ビュン

アルミサエルがシンジめがけて襲いかかる。奇跡の反射神経でそれをかわすシンジ。

「どうして避けるの、私の気持ちなのに・・・」

再び鎌首をもちあげて、シンジをうかがう。

「どうしてって、僕にどうしろって言うのさ!」

「逃げちゃダメ」

「・・・・ズるいよ、綾波」

ビュン

再び襲い来るアルミサエル。

『逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、ああ、やっぱりダメだ』

再び奇跡の反射神経を見せて、腹に食い込む寸前のアルミサエルを両手でガッチリ握りし めるシンジ。 しかし、その掴んだ腕から浸食を始めるアルミサエル。

「うわぁ!何だコレ、僕の中に直接入ってくる。何だコレ」

パニックに陥るシンジ。まぁ、無理もあるまい。

「これは全て私の気持ち。碇君とひとつになりたいという私の願い。碇君にも、この気持ち分けてあげる。碇君、私とひとつにならない?それはとても気持ちのいいこと・・・」

ここぞとばかりに気合いの入るレイ。

「ううっ、やめてよ綾波。お願いだから、こんなのやめてよ」

ついに泣きの入るシンジ。こんな形で、ひとつになりたくなかった。あふれる涙を止めることができない。

「何がそんなに嬉しいの?」

「違うよ!綾波の気持ちの伝え方が間違ってるから、悲しくて泣いてるんじゃないか」

「そう、悲しい時にも涙は出るのね・・・ちょっぴり反省」

シュルシュルとレイの手の中に消えるアルミサエル。シンジの涙は、レイの心に届いたようだ。

『助かった・・・』

心の底からそう思った。今度は安堵の涙を流すシンジである。とにかく最悪の事態は乗り切ったようだ。

「行こうか、綾波」

涙を流したまま、さわやかに笑ったシンジが手をさしのべる。

コクン

小さくうなずいたレイがそっとその手を握る。

 

「シンジく〜ん!こっち、こっちー!」

ブンブンと元気良く手を振るマナ。レイがパレード用に用意した馬車にちゃっかりと乗り込んでいる。

「マナさん、目の前でアレだけの事が起こってるのに、全然気にしてませんね」

そう言うマユミも、ちゃっかりとマナの隣におさまっている。
2人の間に確保された1人分のスペースが、シンジにそこに座れと言っているかのようだ。
御者席では、申し訳なそうな顔をしたユイが手綱を握っている。

 

ゴゴゴと音が聞こえてきそうな勢いで、レイの周囲から怒りのオーラが吹き上がる。

「ああ、せっかく丸くおさまったと思ったのに」

再びあふれる悲しみの涙。

「アルミサエル」

再び実体化するアルミサエル、すでに戦闘形態だ。

「ダメだよ!アスカや僕なら慣れてるけど、普通の人にシトを向けるのはダメだって、うわぁ!どうして僕に・・・」

グルグルとシンジの体に巻き付くアルミサエル。シンジの体がフワリと宙に舞う。

「碇君、行きましょ」

レイの体もフワリと宙に舞う。

「ああっ、綾波!飛んでる、飛んでるよ!」

「そう、よかったわね」

ゴウっという突風を巻き起こして、アッという間に空の彼方に消えていくレイとシンジ。その後聞こえてきたドーンという衝撃波、どうやら音速の壁を越えたようだ。

 

「あ〜あ、行っちゃった」

「ユイちゃん、追いかけなくていいの?」

「・・・私、まだ飛べないから」

「・・・そのうち飛ぶんですか?」

レイが飛べるのなら、自分もそのうち飛べるようになるのだろうとユイは思っている。
とりあえず今は、自治領主府に戻るため馬車を出す。

さりげなく御者をこなすユイっていったい・・・

 



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