1998,09,11
渚の英雄伝説 −第50話−
フェザーン第一宙港
盛大にあがる花火。
マーチ風にアレンジされた「残酷な天使のテーゼ」を演奏する軍楽隊。
色とりどりのスモークの尾をひいて宙を舞うアクロバットチームの戦闘機。
左右にズラリと儀仗兵の列を並べた赤い絨毯。
すべての準備を整えて、待ちかまえる赤い瞳。
約束の時は来た。今日、この日のために彼女は存在したのだ。
「なんだか、凄いことになってますね」
外部モニタで外の様子を確認するマユミ。
「本当ねー、意外とシンジ君てスゴいんだー」
あくまでもノン気なマナ。
「やっぱり行かなきゃダメかな・・・」
シャトルのハッチを前にして、手をニギニギしているシンジ。にぎやかな席が苦手なのは相変わらずだが、ここまで派手にされるとは予想だにしていなかった。
「ここまできて、今更帰るなんて言えるわけないよ」
マナの答えはもっともだ。
逃げることは許されないと覚悟を決めたシンジは、ハッチの開閉ボタンに手をかける。
「・・・やっぱり、マナから先に行くってことに」
「もー、主役はシンジ君なんだから、胸をはって行って来るの!」
ポチっと開閉ボタンを押す。運命の扉が今、開いた。
『ご覧下さい。フェザーン駐在武官、ユリアン・シンジ少尉が今、その姿をシャトルからあらわしました。少尉はまだ若干14歳、フェザーン駐在武官の最年少記録となります』
マイクを握るレポーターの声に熱がこもる。この映像はフェザーン資本のTV局を通して全宇宙に配信されている。帝国、同盟への全宇宙同時FTL生中継など、人類史上未だなかった快挙である。
『ゆっくりとステップを降りた少尉は、やや緊張した面持ちで自治領主のもとへと歩をすすめて行きます。普段はめったに人前にその姿を見せる事のない自治領主ですが、今日のその姿は、なんと美しく輝いていることでしょう』
あらかじめマスコミには、レイとシンジは幼い頃より将来を誓い合った仲であるとの情報がリークされている。もちろん、レイがしかけた情報戦である。2人は赤い激流にも似た運命のいたずらにより、フェザーンと同盟とに離ればなれに暮らすことになってしまったらしい。ワイドショーや週刊誌が、こぞってこのネタをとりあげた。『1万光年の純愛』などという恥ずかしい見出しが、ここ数日の電車の中吊り広告を飾っている。
♪少〜年よ 神話にな〜れ!♪ のフレーズで楽隊の演奏が終わる。
にぎやかな喧噪につつまれていた空気が、シンっと静まり返った。
カメラの列が、レイの前に立つシンジをアップで捉える。
「えっと、綾波・・・・その・・・」
ニギニギと右手を動かすシンジ。
「何?」
静かに問い返すレイ。
「・・・・ただいま」
「おかえりなさい」
わずかに微笑んだレイの瞳から、一滴(ひとしずく)だけこぼれる涙。
二人の時間が止まった。
放送を見ていた銀河中のお茶の間では、感動の再会にもらい泣きの嵐。
レポーターもスタッフクルーも皆、滂沱の涙を流している。
シャトルのハッチの影から外の光景を見守る二人。
「うわぁー、なんかいい雰囲気で見つめ合っちゃってるよー」
次の展開に興味津々のマナ。
「・・・・・」
無言で、じっと見入るマユミ。
こっちの方が恐い感じだ。
自治領主補佐官、ルパート・ユイ・ケッセルリンク。今日のお役目は花束贈呈のプレゼンターである。レイとおそろいの青いドレスを身にまとい、自分の身長ほどもある大きな花束を抱えている。
「よいしょ」 ジタバタ
「えいえい」 ジタバタ
任務遂行を目指す彼女の前に立ちはだかる光の壁。無意識のうちにレイが展開したATフィールドである。シンジと二人だけの空間作りに余念がない。
「ATフィールド全開」 ジタバタ
なかなか頑張ってはいるが、ユイにはまだレイのフィールドを中和するだけの力はない。
「レイちゃーん、入れてよー」 ジタバタ
「はっ!」
先に正気にかえったのはシンジ。レイの後ろでジタバタしているユイの存在に気がついた。
「綾波、もう行かなきゃ」
「・・・どうしてそういうこと言うの」
せっかく甘美な時間を過ごしていたのに、それを否定されて悲しげな瞳のレイ。
「ああっ!違うんだ。だから、その、こんな所じゃ落ち着いてゆっくりできないから・・・」
「落ち着いて・・・ゆっくり・・・二人っきり・・・」
再会の喜びで思考停止していたレイであったが、シンジの言葉により本来の目的を思い出す。
「そう・・・ユイ、予定通り進行させて」
とっととシナリオを進めて目的を果たすことを優先したレイが、ATフィールドを解除する。
ようやくシンジの前にたどりついたユイ。愛らしい満面の笑顔をうかべて花束を差し出す。しばらく見ない間にずいぶんと印象の変わった少女に驚きながらも、腰をかがめて花束を受け取るシンジ。
その時、ユイの口から発せられた言葉は、FTLにのって銀河に響いた。
「パパ」
抱きっとばかりにシンジの首にすがりつくユイ。
『・・・おいおい、1万光年の純愛じゃなかったのか』
『・・・ていうか、犯罪だろ』
『・・・コロス!』
「ええー!この子って、シンジ君の子供なのー。かわいいー(はぁと)」
いつの間にかシャトルを飛び出してきたマナがユイに頬ずりしている。
「シンジさん・・・私、信じていたのに・・・・」
気がつけば、シンジの背後には鬱気味のオーラを発するマユミ。
「ち、違うんだ。誤解だよ誤解。この子は僕と綾波の子じゃなくて・・・」
「・・・碇君、この人たち、誰」
「ああ、綾波。違うんだ、この子達は・・・」
『・・・おいおい、1万光年の純愛じゃなかったのか』
『・・・ていうか、犯罪だろ』
『・・・やっぱりコロス!』
そのころ銀河のお茶の間では、ワイドショーの字幕が『1万光年の純愛』から『鬼畜の駐在武官』に変わった。