1998,09,04
渚の英雄伝説 −第49話−
ユリアン・シンジは肉視窓の向こうに見える星々を一抹の不安とともに眺めている。
『あの時は絶対に間違ってないと思ったんだけどなー』
過去に自分がどれだけの選択肢を誤ってきたのか、考え始めると不安はいっそうその質量を増してくる。
−10日前−
「シンジ、フェザーンへ行け」
クーデターの混乱がいまだ覚めやらぬ同盟首都星ハイネセン、統合作戦本部ビル内の一室に設けられたゲンドウの執務室。そこに呼び出されたユリアン・シンジは、部屋に入るなりイキナリそう命令された。
「ハイ!」
元気よく答えたのはマナ。他にやることもないのでシンジにくっついて暇をつぶしていたところ、たまたま呼び出しがかかったので一緒についてきたのだ。
「どーしてそこでマナが答えるのさ」
「えーっ、だってフェザーンだよ!ハイネセンみたいな辺境の田舎惑星とは違って、宇宙の中心、流行の最先端、フェザーンで手に入らないものはこの宇宙に存在しないってくらいの花の都じゃない。前から行ってみたかったんだー」
「そんな事を言ったって、行くのは僕なんだけど・・・」
「へへ、私も行くもん。ネ、いいでしょ(はぁと)」
瞳にお星様をいっぱい浮かべて、ゲンドウに向き直るマナ。
「ふっ、問題ない」
「やったー!!」
「やめてよ!そんなの止めてよ、父さん」
小躍りして喜ぶマナとは対照的に、シンジはやたらとあせっている。
シンジとしてもフェザーン行きに否はない。しかし、マナを同行して行くだけの度胸は当然ながら持ち合わせていない。
「フェザーンまでのパイロット兼護衛役だ。何も問題はあるまい」
ゲンドウの口元がニヤリと歪むのをシンジは見逃さなかった。
「いいよそんなの、民間船に乗って行くから。だいたいフェザーンまで何日かかると思ってるのさ。マナ1人でパイロットをやらせるわけにいかないじゃないか」
「そうか、ならば予備のパイロットも連れて行け。たしか、山岸とか言ったな」
ゲンドウのメガネがキラリと光る。
『マナだけじゃなくマユミまで。3人で仲良くフェザーンへ旅行だなんて・・・最高だ!・・・いや、落ち着け、やっぱり最悪だ。どう考えてもマズイよ』
ゲンドウの目の前で手をワキワキさせながら葛藤するシンジ。
『船は以前に私が使っていたものがあるから問題なしと。マユミが一緒ってのも、あの子もいるんだかいないんだかわからないから気にならないわね。後はフェザーンでどれだけ買い物ができるかよねー。先立つものはどーしよーかなー。軍の経費でどれだけおとせるかが、勝利への鍵ね』
そんな彼をよそに、フェザーンでの買い物リストの作成にとりかかるマナ。
『やっぱりマズイかな。そーだよな、いくら何でも、マナやマユミを連れていくとなると・・・でも僕が頼んで一緒に来てもらうわけではなくて、これは父さんがそう仕組んだんだ。悪いのはみんな父さんなんだ。僕を窮地に追いやって、それが楽しくてしかたがないんだ。父さんに命令されたから、僕は仕方なくマナ達と一緒に行くんだ。そうだ、僕は悪くない、マナもマユミも一緒でいいんだ!』
シンジは責任をゲンドウに押しつけることで、自らの立場を正当化した。もっともその理屈に対して、フェザーン自治領主の判断がどう下されるかは別の問題である。
「父さんも言ってたじゃないか、理由は存在すればいいって」
欲しかったのは口実か・・・
後日、ハイネセン記念図書館の片隅にて。
「聞きました、今度、フェザーンに行くことになったんですってね。おめでとうございます」
「うん・・・それで、山岸さんにお願いがあるんだけど・・・」
「私に、ですか?」
「うん、実は一緒にフェザーンに行ってくれないかな・・・別に、無理にとは言わないけど・・・」
「・・・・あの、私なんかでよろしければ・・・」
いつの間にか、『ゲンドウの命令で』という部分がなくなっている事に気がつかないシンジであった。
そして今、シンジの目の前にゆっくりと近づく惑星フェザーンの姿がある。
少年が見つめるその惑星上では、1人の少女が頭を悩ませていた。これから会う少年の為に、どんな装いをして行けばよいのかという、ささやかにして、なかなか重要な問題だ。
「報告します。フェザーン駐在武官ユリアン・シンジ少尉の乗ったシャトルは今日の正午、予定通りフェザーン第一宙港に到着します」
「そう」(フワフワ)
ユイの報告に舞い上がるレイ。文字通り、地に足がついていない。
「ATフィールドの制御が・・・」
「問題ないわ、続けて」(フワフワ)
「はい・・・宙港から自治領主府への道路の封鎖、および沿道への住民の強制移動を終了しました」
シンジの着任を歓迎するために、延長40kmにわたり無蓋馬車でのパレードが予定されている。
「自治領主府での歓迎式典、その後の歓迎舞踏会の準備も終了しています。あとは・・・」
レイの準備が整えば、すべて完了である。
普段、自分の服装になどほとんど気を使うことのないレイにとって、衣装選びなどという事態はまったく想定していなかった出来事である。それでも、彼女なりに一生懸命選んではいるのだが・・・
「レイちゃん、そのプラグスーツ、どうするの?」
「・・・絆だから」(フワフワ)
おもむろに、袖の部分を切り裂き始める。
「どうして破いちゃうの?」
「・・・初めて会うから」(フワフワ)
おもむろに包帯を取り出す。
「レイちゃん、レイちゃん、そういうのは二人だけになってからゆっくりやってよ。だから今はこっちの青いドレスにしよう」
包帯プラグスーツ姿でパレードに登場するレイの姿を想像してしまうユイ。無蓋馬車より移動寝台の方が似合いそうねと思いながらも、それを口にしたら本当にそうなりそうで怖い。
などと余計な事を考えているうちに、どうもレイの様子がおかしい。
「・・・二人っきり」(クルクル)
「ああ、回りだしちゃった。レイちゃん、レイちゃん、気をしっかりもってよー」
ユイの発言の一部が、レイの心の琴線に触れたようである。
「予定を一部変更します。自治領主府到着後の式典、舞踏会は全てキャンセル、白紙、抹消、あとは二人っきり・・・」(クルクル)
「レイちゃーん、お願いだからコレに着替えてー。プラグスーツはダメー!」
軌道上では、シンジの乗ったシャトルが着陸態勢に入ろうとしている。少女達に残された時間は短い。