1998,07,31
渚の英雄伝説 −第45話−
ヒューベリオンの艦載艇パイロット更衣室、その前のベンチに座りボーっと天井を見上げているシンジ。
「おまたせー、ジャーン」
パイロットスーツに着替えたマナが、両手を背中に回したポーズで登場する。
ちなみに、スーツの色は白。
「・・・あっ・・・その・・・・」
「あれー? どーしちゃったのかな、ユリアン・シンジ君」
白いプラグスーツを前にすると、本能的に緊張してしまうシンジ。まともにマナの顔を見ることができない。
「じゃあ、行こうか」
あわてて立ち上がると、エレベーターに向かって歩き出す。
「あーん、待ってよー。一言くらい誉めてくれてもいいじゃなーい」
(ここで誉めたりすると、フェザーンから電波が飛んできかねないんだけど・・・・)
カッチ、カッチ、カッチ、カッチ
階数表示計の回転する音が、規則正しいリズムを刻むエレベーターの中。
「ねぇシンジ君、ここのエースパイロットって誰?」
隣で表示計を見上げるシンジにマナが話しかける。
「エースパイロット? 戦闘機の?」
「そう。シンジ君、知らないの?」
「戦艦に乗ってるんだから、僕だってそれくらい知ってるよ。コーネフ中尉っていう人さ」
知らないの?とマナにからかわれて、シンジの答えがちょっとムッとしている。
「ねぇねぇ、それでそのコーネフ中尉っていうのは、どんな人?」
「どんな人って、僕も実際に合ったことはないからそこまではよくわからないよ。でも、帝国のパイロットからは『死神』と呼ばれるくらい恐れられてる人で、気配を殺して敵の背後に忍び寄り、相手に気がつかれる事無く次々と敵を撃ち落としていくんだって」
「ふーん、死神か・・・なんだか凄そう」
チーン
エレベータの扉が開く。中から出てくるシンジとマナ。そして・・・
「・・・あの」
二人の背後からかけられた声。
「うわぁ!」「ひゃあ!」
あわてまくる二人。
「・・・あの、どうかなさいましたか?」
声をかけた方は、二人の様子をいぶかしげに見ている。まだ若い、おそらくシンジやマナと同い年くらいであろう、メガネをかけた少女。背中の中程までのばしたストレートの黒髪が色白の肌ときれいコンストラストを見せている。
対照的に、二人の心臓はまだバクバクいっている。
「・・・ごめんなさい。同じエレベータにずっと一緒に乗ってたし、なんだか私の事を話題にしていたみたいだから、てっきり私に気がついているものとばかり思ってしまって。驚かせてしまったみたいで、本当にすいませんでした」
深々とおじぎをする少女。長い髪が、彼女の動きに合わせてバサリと背中から流れる。
「そんなに謝らないでよ、僕たちの方が勝手に驚いたんだから。それで、君はえーっと、確か・・・」
「山岸マユミ・コーネフです。さっき、私のことを話してましたよね」
どーやら『死神』とか言っていたのを聞かれたようである。怒っているようには見えないが、少々気まずい感じのするシンジ。
「あなたがエースパイロットのコーネフ中尉ね。私、バクダッシュ・マナ・ポプラン。ややこしい名前だけど気にしないで、マナって呼んでね」
マナの方はあいかわらず屈託がない。
「・・・エースパイロットだなんて、そんな・・・私より操縦のうまい人なんか大勢いるのに・・・」
「エースの称号は、どれだけ敵を撃墜したかで決まるの、操縦のうまい下手は関係ないわ。それにしても流石ねー、同じエレベーターに乗ってたのに、あなたがいたなんて全然わからなかった」
「・・・存在感がないだけです・・・本当はマナさんみたいに明るくて、美人で、誰にでも好かれるような人が羨ましい・・・」
「何言ってるのよ、あなただってメガネをとったら実は美少女なんて、この世界じゃよくある話じゃない」
ヒョイっとマユミのメガネをはずすマナ。
「・・・・ゴメン。私が悪かったわ」
そっとメガネをもとにもどす。
「ええっ!それってどーゆー事ですか。ねぇマナさん、答えて下さい」
正面からマナを見据えるマユミ、その視線をさけるように目をそむけるマナ。
そんな二人をノホホンと見ているシンジ。
『二人とも仲が良さそうで安心しちゃった・・・』
−第11艦隊旗艦レオニダス−
「その後、バグダッシュ中佐から連絡はないか」
ルグランジュ青葉の質問に答えるモノはいない。
「・・・失敗したのか。言わんこっちゃない、素人なんて使うから・・・」
パンっと手のひらに拳を叩きつける。しかし、そんな素人を動員せざるを得ないほど、救国軍事会議の状況は苦しかった。
「閣下、敵艦隊から通信が入っていますが」
一瞬、『閣下』というのが誰の事かピンとこなかった青葉だが、あわてて鷹揚にうなずいてみせる。(どんな鷹揚だ)
次の瞬間、レオニダスのメインスクリーンいっぱいに映し出されるゲンドウのアップ。
「うおぇ」「キャー」「うわぁぁ」
この顔に耐性のないオペレーターから悲鳴があがる。
思わず逃げ出したくなる所をグっとこらえた青葉、なんとか提督の威厳をたもつことができた。
「我がほう、損傷軽微」
うわずったオペレーターの報告。通信回線を開いただけで損傷軽微もないものだが。
メインスクリーンはカメラが引き、ゲンドウと冬月の姿をとらえていた。
その映像に敢然と立ち向かう青葉。
「勝ったな」 (冬月)
「ああ」 (ゲンドウ)
青葉の姿を確認しただけで、勝利を確信する冬月とゲンドウ。それだけ言い残しスクリーンの映像が消える。
『逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ』
敵の消えたスクリーンを見つめながら、小さな声でつぶやく青葉。
戦う以前から、敵にのまれている。やはり、彼が提督というのが無理な話だったか・・・・。
単座式戦闘艇スパルタニアンのコクピットに座るマナ。カタパルトが彼女を漆黒の宇宙空間に打ち出す。
「ファンタ、オレンジ、レモン、ゴールデンアップル。各中隊そろってるわね」
久しぶりの戦場。大丈夫、自分は落ち着いている。体中の感覚が研ぎ澄まされていくのがわかる。
「グレープとクリアーパインは私に続いて。みんな、敵に飲まれちゃダメよ」
銀色に輝く機体は、天使の翼かそれとも死神の鎌か。最初の生贄が、サイトの中央に浮かび上がる。
「いただき!」
1秒間に140発撃ち込まれるウラン238弾。正確に敵の中央を捉えるはずの火線は、空しく虚空に吸い込まれた。
「嘘、この照準、狂ってるじゃない・・・・」
(お約束だからね)
「りっちゃん、何かやったのか」
リツコを見つめる加持の視線は厳しい。
「・・・整備に万全を期しただけよ。シナリオ通りにね・・・」
なぜかスパナを片手のリツコ。目がアブナイ。
「良いのか、ゲンドウ」
「かまわん、チャンスは与えた。生きて戻ってこれないのなら、所詮それまでの存在だったということだ」
ガシャン
派手に食器の壊れる音。お茶を運んできたシンジがトレイを取り落とした音である。(なんてお約束)
「父さん!マナに何をしたのさ!」
「・・・・・・・別に私は何もしていないのだが」
「そんなの関係ないよ」
「・・・・・・・リツコ君、説明してやって・・・」
「そんなの関係ないって言ってるだろ! 父さんはマナを殺そうとしてるんだ」
完全に決めつけているシンジ。目がマジである。
ここで『問題ない』とボけてみたいゲンドウ。しかし最近シンジは銃を携帯するようになった。加持の報告によれば、射撃の腕は一流の部類に属するようである。ここでのボケは命に関わる。
「シンジ君は、こんな所で何をしているんだい」
ここはやはり俺の出番とばかりに、ジョウロを片手の加持。
「何って、僕は、父さんを・・・・」
「司令の責任を追求するより先に、やらなきゃいけない事があるんじゃないか。今この瞬間、危険な目にあっているのは誰かな。彼女を放って置いていいのかい」
はっと加持を見つめるシンジ。次の瞬間、司令官室を飛び出し、艦載艇デッキに向かっている。
「俺はここで水をまくことしかできない。だが、君にならできる・・・」
加持のセリフは続いていた。
「僕が行っても、それでどーなるってものでも無いかも知れない。何ができるかわからない・・・でも、このままじゃ・・・・今やらなきゃ・・・僕が」
必死で走るシンジ。叩きつけるようにデッキの扉を開く。
「乗せて下さい、僕を、乗せて下さい」
そう叫んだシンジが目にしたものは、
「ムサシ君て言うんだ。危ないところを助けてくれてありがと(はあと)」
仲良く抱き合うマナとムサシの姿であった。
「うわあああぁぁー!」
泣きながらデッキを飛び出すシンジ。艦内照明は気を利かせて夕焼けの赤。
「これもシナリオのうちですか」
「始まったな」
「ああ、すべてはこれからだ」