1998,06,20
渚の英雄伝説 −第40話−
第拾参艦隊(ネルフ)旗艦ヒューベリオン(ネルフホンブ)。ここにはゲンドウの趣味で作らせた無意味に広い司令官室が存在する。マンションのリビングを無理矢理改造したものではない、ちゃんとした司令官室である。天井にはゲンドウ自身の手で、セフィロトの樹を念入りに描き込んだ。照明も自ら調節し、自分の座る机の背後に十字の影が浮かぶようにもした。
「シンジ、何か言うことはあるか」
いつものポーズで机にすわるゲンドウ。
「なんでヒューベリオンがネルフホンブなんだよ。呆れてモノも言えないよ」
その返答は、ゲンドウの自尊心をいたく傷つけた。
「・・・お前には失望した」
「僕にどんな答えを期待していたのさ・・・もしかして、誉めて欲しかったとか?」
ヒク
ゲンドウの顔がひきつる。この二人、精神構造が微妙に似ている。
「だいたい、何で僕がまたここにいるんだよ。小間使いはもうイヤだからね」
ニヤリ
その質問は予想範囲内のものであった。精神的余裕を取り戻すゲンドウ。
「フッ、これを見ろ」
そう言って彼が見せたものは、辞令である。ユリアン・シンジ軍曹に第拾参艦隊勤務を命じる旨が書かれている。
「いつの間に僕を軍人にしたのさ!」
「それをお前が知る必要はない!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
重苦しい沈黙が部屋を満たす。
「言っておくが、命令拒否は銃殺だからな」
「嘘だ!そんなの同盟憲章に違反してるじゃないか!」
「問題ない」
「・・・誰だよ、こんなヤツに権力を与えたのは」
「ヤツではない、きちんと司令と呼べ」
同レベルで張り合う二人であった。
プシュ
二人の争いを中断させたのは、扉が開く音だった。シンジとゲンドウがその音の方を注目する。
無意味に広い部屋を、軽快な足取りで突き進む女性。
染めたようにあざやかな金髪、書いたようにくっきりとした眉。
左目の下にある泣き黒子が、シンジには印象的だった。
ミニスカートからのぞく脚線が、ゲンドウには印象的だった。
「本日付けで、ヤン・ゲンドウ少将の副官を拝命しました、フレデリカ赤木リツコです」
それが彼女の挨拶だった。
ゲンドウはメガネを中指で押し上げると、おもむろに机の引き出しから電話を取り出す。
「冬月か、私だ。貴様に言っておいた副官の件だが、ユイを寄こせと言ったはずだが・・・」
パン
リツコの張り手がきれいに決まった。
「・・・いや、問題ない。そうか、ユイが無理ならレイでも・・・」
パン、パン
左右の張り手が、流れるような動作で繰り出される。
「・・・うむ、先約があったか。しかし、私は若いのを寄こせと・・・」
バキ
エぐるような右フックが一閃する。
「・・・わかった。バーサンでなかっただけ貴様に感謝しておく」
ゲンドウは静かに受話器を置いた。
正面に立つリツコと目が合う。
「サバを読んだな」
グシャ
顔面に正拳突きが決まった。ゆっくりとイスから崩れ落ちるゲンドウ。
朦朧とする意識の中で、彼が夢見た神への道、補完計画が遠くにかすんでいく幻影をみた気がする。
冷ややかな目で、足下に転がる物体を見下ろすリツコ。その物体は既にゲン形をとどめていない。
外見からゲンドウであることを識別することは、もはや不可能なほど変形している。
「無様ね」
余談ではあるが、後日アレックス・キャゼルヌ冬月は、憂国騎士団を名のる黒服、黒メガネの男達の襲撃をうけていた。
「碇のヤツめー!」
24日後
同盟首都星ハイネセンから離れること4000光年。第拾参艦隊はイゼルローン要塞へと接近していた。
ゲンドウの立案したイー計画(イゼルローン要塞攻略計画)とはこうである。
フェイズ1:本隊が囮となって、要塞駐留艦隊をおびき出す
フェイズ2:帝国兵になりすました加持たち「薔薇の騎士」がこっそり要塞内部に侵入
フェイズ3:なんとかして要塞の中枢機能を奪取する
ミサト以上にアバウトな作戦である。
だが、このアバウトさが功を奏したのか、作戦はフェイズ2からフェイズ3へ移行していた。
「どうして、僕まで」
ぼやきながら要塞内通路を走っているシンジ。敵前逃亡は銃殺と脅され、泣く泣く突入部隊に参加している。
「ぼやくな、ぼやくな」
シンジの隣を走る加持。あいかわらず、しまらない笑みをうかべている。
「加持さんは、どうしてこの作戦に参加しているんですか?」
「自分の才能を、世に知らしめるためかな」
「アスカじゃないんですから・・・」
「ハハハ、こりゃ失礼。いきなりだったんでね。しかし、そんな質問が出てくるところを見ると、自分の存在に自信がもてないのかな?ユリアン・シンジ君」
「・・・そうかも知れません」
「ここは戦場だ。とにかく今、一番大切なことは生き残ること、それだけさ。続きは作戦が終わってから、ゆっくり考えればいい」
「はい」
適当に言いくるめられるシンジであった。
バン
司令室の扉が勢いよく開かれる。次々となだれ込む「薔薇の騎士」
「何事だ!」
オペレーターの一人が声をあげた。
「敵襲ですよ」
気の抜けた声で加持が応じ、手に持った円筒形の物体を放り投げた。
「うおっ!これは!」
あわてるオペレーターA。
「そう、ミノフスキー粒子の発生装置さ」
ボける加持の軍服の裾を、シンジが引っ張る。
「ゼッフル粒子ですよ、加持さん」
「いかに早くゲルググの量産体制を整えるかが攻略のポイント・・・」
意に介さずボけ続ける加持。戦いは突入部隊が有利に展開しているから、問題ないか。
「司令ー!敵襲です、司令ー!」
「シャー!」(待たせたな)
司令室に閃く光の鞭。敵の司令、シャムシエル・フォン・ゼークト上級大将の出現により、戦場のパワーバランスは一変する。
「まいったな、こんなところでシト襲来なんて、聞いてないよ」
頭をかいてごまかす加持。
「そんなことより、どうしましょう?」
シンジの声は恐怖に震えている。
「シンジ君、俺はここで、見守ることしかできない。だが君にならできる、君にしかできない事があるはずだ。後悔は、しないようにな」
そう言ってサバイバルナイフを手渡す加持。
うつむいて、そのナイフを暫く見つめるシンジ。
「僕に、やれって言うんですか」
顔をあげたシンジの目の前に加持はいない。
「誰も君に強要はしない。自分で考え、自分で決めろー」
遠くの方から、そんな声がした。
「見守るとか言って、逃げてるじゃないか、もう」
あわててシンジも逃げ出そうとする。しかし、目の前にシャムシエルの鞭が迫っていた。
かろうじて、その鞭を後ろに飛び退いてかわす。しかし、次々と容赦なく、鞭は襲いかかってくる。
「うわああぁぁ!」
あまりの恐怖にキれたシンジ。ナイフを構えてシャムシエルに突っ込む。
トドメとばかりに鞭を振り上げるシャムシエル。
しかし、その時彼は気づいてしまった。突っ込んでくるシンジの向こう。天井付近にあらわれた、結界のように強力なATフィールドをまとった少女の存在に。
試しに、ちょっとだけ振り上げた鞭を動かしてみる。
−−−少女の表情が悲しげに曇る。
ならば防御のためのATフィールドを展開する。
−−−さらに悲しげな瞳が、「どうしてそういう事するの?」と言っているようである。
「シャー!」(どうすりゃいいんだー!)
シャムシエルの大きな目玉に大粒の涙が浮かぶ。
「うわああぁぁ!」
サク
サバイバルナイフがコアを直撃した。
かくして、イゼルローン要塞は同盟軍の手中に落ちたのである。
ちなみに、要塞駐留艦隊はどうしたかと言えば・・・・。
「要塞より入電、電文読みます。これ以上の抗戦は無益である、降伏せよ。でなければ帰れ!」
ブリッジにいる全員がサキエルに注目する。戦いの雌雄は決した。もはやコレまでであることは全員が知っている。
「キュオー!」
サキエルの体がボールのように丸くなる。
「うわー!ここで自爆しないで下さい!」
サキエル潔し。