1998,06,05
渚の英雄伝説 −第38話−
「ヤン・ゲンドウ・・・悪い人じゃないんだ・・・と思う・・・」
湯船につかり風呂の天井を眺めながら、シンジは考えた。(その考えは甘くないか?)
話題のゲンドウはあの後、部屋を出ていったきりまだ戻ってこない。おそらく冬月のところであろう。
「・・・母さん・・・どーして・・・」
正直、シンジもゲンドウと一緒にユイに会いに行きたかった。
しかし冬月の家で楽しそうに微笑むユイの姿を想像すると、どうしても行くことができない。会う勇気がない。
ましてや冬月の家にシャルロット・チビシンジなどいようものなら、自分の存在理由を見失ってしまう。せっかくこの前補完してもらったのに。
もうかれこれ1時間も風呂にはいっているだろうか。
べつに長湯が好きなわけじゃない。ただ誰もいないはずの部屋の中を、何かがゴソゴソと動き回る気配がするから、シンジは風呂から出るに出れない。
「綾波・・・何を考えているんだよ・・・・」
シンジはまだ、ゲンドウの温泉ペンギンと顔を合わせていなかった。(作者も書くのが怖い)
翌朝、殴り合いの大喧嘩でもしたのか傷だらけになって戻ってきたゲンドウは、風呂場でのびているシンジを見つける。
「シンジ、ここで何をしている」
足下に転がるシンジにゲンドウが言う。
「うーん、アスカ、後5分だけ寝かせてー」
ドカ
ゲンドウのケリがシンジの後頭部に炸裂する。
「痛いなーアスカ・・・じゃなかった、父さん?」
「何を寝ぼけている。それに何回言えばわかるのだ。私を父さんなどと呼ぶんじゃない」
「じゃあ、なんて呼べばいいのさ」
「・・・・司令だ」
「何のだよ」
「・・・・問題ない」
「父さんが何を言ってるか、僕にはわからないよ」
「父さんではない!」
「はいはい、父さんがどこかの司令に出世できたら、そう呼ばせてもらうよ。じゃあ僕は朝食の用意でもするから」
そう言って風呂場を後にするシンジに向かい、ゲンドウは激しい怒りを覚えていた。
『シンジのくせに、シンジのくせに、シンジのくせに、シンジのくせに、シンジのくせに、シンジのくせに』
ゲンドウが『絶対、司令になってやる』と心に誓った瞬間である。
それから数日後、同盟領アスターテ星系に帝国軍が侵攻する。その戦力、艦艇約2万。指揮を執るのはローエングラム伯渚カヲル上級大将である。
これを迎え撃つ同盟軍第弐艦隊、旗艦パトロクロスにヤン・ゲンドウはいた。
不機嫌な顔で作戦室から自室へと帰ってくるゲンドウ。
部屋の中でボーっとTVを見ているシンジにズカズカ歩みよる。
ポカリ
「痛っいなー、いきなり何するんだよー」
「黙れ、お前の書いた作戦案は却下されたぞ。あんまりしつこく言うから私も上に報告したが、やはり時間の無駄だったな」
「そんなあ!このままじゃ負けちゃうんだよ!」
シンジはゲンドウの小間使いとして、無理矢理戦場に連れてこられていた。『渚英伝』第1話で、アスターテ会戦を経験しているシンジ。その時のカヲルの戦略もよく覚えている。このままでは、同盟の敗北は必至である。
同盟軍が負けるのは仕方ないにしても、自分の乗艦が撃沈されてはたまったものではない。
そう思って、急遽作戦案を提出したのだが・・・。
「これ以上、下らないことで時間をとらすな!」
ポカリ
もう1発ゲンドウに殴られて、シンジはこれ以上の抵抗をあきらめた。
肩をおとしてカチャカチャと部屋の端末に何やら入力しはじめる。
それから数時間後、パトロクロスの艦橋は混乱していた。
「総力戦だ、厚木も入間も全部あげろ」
「出し惜しみするな!」
シンジの予測通り、敵を包囲するため分散配置された同盟軍の艦隊は、帝国軍の各個撃破戦法の餌食となっていた。
「なぜだ!我々は絶対有利の状況にいたはずだ」
「第四、第六艦隊は壊滅、我が第二艦隊の攻撃も、まるで効果無しか」
「だめだ、この程度の火力ではラチが開かん」
「こうなっては仕方あるまい、切り札を使うか・・・」
パトロクロスの艦橋、最上段に並ぶ3人の名も無き高級軍人。
その1人が、そこより一段低い手前に立ち、彼らを見上げるゲンドウに声をかける。
「今から本作戦の指揮権は君に移った。お手並を見せてもらおう」
「ちょっと待て」
「ゲンドウ君、先ほどの君の意見が正しかった事を認めよう」
「今更何を言っている」
「後は存分に、君の責任で戦ってくれたまえ。期待してるよ」
ギュイーン
有無をいわさず、3人並んだ机ごと床下に消えていく艦隊首脳部。
「・・・この状況をどうしろと言うのだ」
敗戦処理を押しつけられたゲンドウ。やはり日頃の行いが悪いからであろう。
ため息混じりに振り返ると、小間使いのシンジと目があった。
「私はケージに行く。シンジ、あとを頼む」
ギュイーン
それだけ言って、彼も一人乗りの昇降機で床下に消えていく。
「待ってよ父さん!ずるいよ、そんなの!」
ゲンドウが待つはずもない。
一人艦橋に取り残されたシンジ。オペレータ達の不安そうな視線が痛い。
「どーして僕がこんな事しなきゃいけないんだよ」
文句を言いながらも艦隊を指揮し始めるシンジ。帝国編でそれなりに経験を積んでいる。
「カヲル君は中央突破をするはずだから、さっき入力して置いた・・・」
勝てるとは思わない、だが、負ける事はできない。
『僕は生きなきゃダメだ。何があっても生きなきゃ。カヲル君やレイに、あんな悲しい思いを2度もさせてたまるか』
補完はまだ効いているようである。