1998,05,23
渚の英雄伝説 −第37話−
『おかけになった電話番号は、現在使われておりません。番号をお確かめのうえ、もう一度ダイアルするか・・・』
ガチャ
少年は公衆電話の受話器を置いた。
「まいったなー、駅についたら連絡するはずだったのに」
手にした資料に目を落とし、ため息をつく。
少年の名はユリアン・シンジ。この春、めでたく戦災孤児となってしまった。
シンジの父は自由惑星同盟の軍人であったが、先の帝国との戦いにおいて戦死を遂げている。帝国との戦争が続いているため、少年のような境遇の子供達は増える一方である。
時の政府はこの現状に対し、戦災孤児達を高級軍人の家庭で養育させる事を決定した。いわゆるマルドゥック法である。
(シンジは、マルドゥック法施行以降、第3例目の適格者であったとか)
今日これから、少年は自分の新しい養育者と合うため同盟首都に降り立ったのだが、早くもトラブルに見舞われている。ここから連絡をいれて、迎えにきてもらう手筈だったのだが、渡された資料の電話番号がまちがっているようだ。
「ここでこうしていても仕方がない。直接この住所の所に行ってみよう」
少年は地図を片手に歩き出す。
目的地は『コンフォート17マンション 11−A−2』、世帯主の欄には『葛城ミサト 29歳(独身)』と書いてある。
「葛城・・・ミサトさんか。どんな人なんだろう?・・・きれいな人だといいな。それで、いきなり『シンちゃん』なんて呼ばれちゃったりして。・・・・29歳ってのが、ちょっとトウが立ってる気もするけど・・・」
妄想の翼を広げるシンジ。けっこう幸せそうである。
その少年を見つめる赤い瞳。
しかし、妄想の世界でイっちゃってるシンジは、道路の真ん中に突っ立って、彼を見つめる青い髪の少女に気づくことは無かった。
・・・どうして私、ここにいるの?・・・・
バサバサと鳥の飛び立つ羽音が聞こえた。
「ここか・・・」
少年の目の前には扉がある。部屋番号は11−A−2。間違いない。
『連絡するって言ったのに、いきなり訪ねたりしたら迷惑かな?でも、他に方法もなかったし・・・』
5分ほど、そうしていただろうか。やがって意を決した少年は、インターホンのスイッチに手を延ばす。
ピンポ〜ン
扉の向こうで人の動く気配がする。
プシュ
開かれた扉。
あわてて挨拶をしようとしたシンジが固まる。
そこで彼が目にしたモノは、サングラスに髭面の大男だったから。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
互いに無言。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
プシュ
シンジは再び扉を見ていた。
『何だったんだろう?今のは・・・そうだ、お客さんか何か・・・でも、普通そんな人が玄関に出てきたりするかな?まさか・・家族?独身ってかいてあったけど・・・お父さんか誰か・・・きっとそうだ。まいったな、いきなりで挨拶もできなかった。変なヤツって思われちゃったかな・・・』
手をニギニギして精神的再建を果たし、再び呼び鈴を押す。
プシュ
待っていたとしか思えないタイミングで開かれる扉。
「・・・・何だ貴様は」
今度は向こうから口を開いてくれた。友好的と言うにはほど遠いが。
「僕は・・・あの・・・何だっけ?・・・そう、僕は今日からこちらでお世話になることになりました、ジーク・・・じゃなかった・・・ユリアン・シンジです」
しどろもどろになりながらも、なんとかそれだけ口にする。
「話は冬月から聞いている。何をしている、さっさと中に入れ、でなければ帰れ」
そう言ってとっとと中に入っていく大男の背中を、あわててシンジが追いかける。
廊下を抜けてキッチンに入ると、そこにあるべき食卓や椅子などは何もない。バスルームへの入口の脇に置かれた大型の冷蔵庫が異彩を放っている。リビングとの仕切りは取り払われたらしく、天井にはわけのわからない絵が描かれている。リビングにもTVやソファはもちろん、本来そこにあるべきモノは何一つない。ただリビングの一番奥には大きな机があり、さっきの男は机に座り、あごの前で手を組んでこちらを睨んでいる。
「あの・・・葛城さんは・・・」
「知らんな、誰だそれは。ここには私しかいない」
「じゃあ、あなたが葛城さん・・・ですか?」
「知らんと言っている。私は忙しいのだ、用がないならさっさと出て行け」
その一言にシンジがキれた。
「そんなぁ、そんなのないよ父さん。だってここにちゃんと書いてあるじゃないか」
シンジは必死に資料をみせる。同盟政府発行、マルドウック機関認定の正式なものだ。
養育者の氏名は葛城ミサトとなっている。
「誰が貴様の父さんだ」
そう言って資料をひったくる。それを一瞥して鼻で笑う。
「誤植だ、印刷機のミスだ。同盟政府と作者には、そう伝えろ」
資料をシンジの前に放り投げ、再びあごの前で手を組む。
「父さんは・・・ここで何をやってるの」
「父さんでは無い。私にはヤン・ゲンドウという立派な名前がある。それに私はまだ29歳だ。貴様に父さんと呼ばれる謂われはない」
「嘘だ!29歳だなんて絶対に嘘だ!こんな髭面の29歳がいるわけないじゃないか!」
「補完計画・・・だからな」
「・・・・僕の補完じゃなかったの?」
「貴様を補完して何が楽しい。すべては私の為だ」
「そんなのって・・・それじゃあ、どうして僕を呼んだのさ!僕はいらない子供じゃなかったの?」
「冬月の言うままに私がひきとる事になったが、言われてみれば確かに必要ない」
(鬼か、ゲンドウ)
呆然とするシンジを余所に、机の上にある通信ユニットに手をのばす。
「冬月、サードがいらなくなった。代わりにレイを寄こしてくれ」
壁に埋め込まれたスクリーンに白髪の老人があらわれる・・・・と思いきや、あらわれたのは黒髪の女性だった。
「あら、ゲンドウさん。いつも主人がお世話になっています。あなたー、ゲンドウさんからお電話よ」
「ユイ!」「母さん!」
なかなかのシンクロを見せる二人。
「ゲンドウか、何事かね」
スクリーンに満面の笑みを浮かべて、アレクッス・キャゼルヌ・冬月があらわれる。
「裏切ったな、冬月、私の気持ちを裏切ったな」
「ひょっとして、副指令の補完なのかな?」
目の前で、ユイといちゃついてみせる冬月。誰の補完かは一目瞭然である。
「いやー、ゲンドウ。補完はいいぞ」
「冬月ー!」
血の涙を流すゲンドウ。
補完計画は失敗した。
<次回予告>
後の事を考えずに始めた冬月補完計画。
「書いてるときは面白いと思ったのに」
苦悩する作者。
このまま続けていいのか?
次回『書き直しちゃおっかな』今なら、間に合う。