1998,04,26


渚の英雄伝説 −第34話−

宴の後


 

「アイツの様子、どうだった?」

部屋に入ってきたリツコに向かって、神妙な面持ちでアスカがたずねる。
あのアスカが神妙にならざるを得ない空気に場は包まれていた。

「あいかわらずね。学校にも行かず、家にも帰らず・・・もとい、睡眠も食事もとらずに、ずっとあそこにいるわ」

タバコに火をつけるリツコ。
カヲルは惨劇のあった『鳳凰の間』で、ガラスケースに冷凍保存されているシンジの遺体を見つめている。

「あかんな、アレは」

「鈴原、そんなに気軽に言わないでよ。もうすぐ綾波さんが帰ってくるのよ」

ヒカリの一言に、その場に居合わせた全員が凍り付く。
シンジが死んだなんて事を彼女が知ったら、サードインパクトは免れない。

「・・・私は、用事を思い出したわ。じゃあ、後は頑張ってね」

タバコをもみ消し、席を立つリツコ。

「ちょっとリツコ!アンタ、逃げる気」

その足に絡みつくアスカ。

「用事を思い出しただけよ。放しなさい、アスカ」

「冗談じゃないわよ。ファーストを殲滅するのが、アンタの使命でしょ!」

アスカも必死である。

「しかたないわね。この手はあまり、使いたくなかったけど」

白衣のポケットから、怪しげなリモコンを取り出すリツコ。
(使いたくないリモコンが、どうしてそこにある)

ゴウン

どこか、遠くの方でそんな音がした気がする。
しかし、それだけである。

「・・・何よ、なんともないじゃない」

ちょっとびびったアスカだが、何事もなかったようなので安心する。
とっさに机の下に避難したトウジ達も、暫くして顔を出し始める。

不発? 空振り?

そんな単語がみんなの頭をよぎり始めた、その時。

プシュ

部屋の扉が開いた。

「なんや」

その音に振り向くトウジ。

「あれは!」

驚きに目を見張るヒカリ。

「・・・オフレッサー」

忌々しげな口調のアスカ。

「遅かったわね、マヤ。じゃあ、そう言う事だから、さよなら」

ヒョイっとリツコを小脇に抱え、オフレッサーは走り出した。
(そこにいたのか、マヤちゃん)

あまりの出来事に、呆然と見送る一同。
我に返ったときには、リツコの姿は影も形も見えない。

「ちっ、逃げられたか」

綾波殲滅のエキスパート、赤木一族を失った事は、今後の展開に暗い影を落とす。

 

「このままやったら、ワシら全員、LCLの海に浮かぶ土左衛門にされてまうで」

「どうしよう、アスカ」

「・・・作戦はあるわ。ケンスケ、アンタのビデオ貸しなさい」

有無を言わさずビデオをひったくるアスカ。
内容をチェックして、あの惨劇がきちんとおさめられている事を確認する。

「何をする気なの?」

心配そうなヒカリ。

「発想の転換。このビデオを、ファーストにも見せてやるのよ。これでアイツも再起不能ね」

アスカは得意げである。

「なあ、惣流。それって、綾波の逆鱗に触れるだけとちゃうか」

「毒を盛って、毒を製すってね。うまくいくに決まってるわ」

毒だらけにしてどうする、アスカ。

 

クルクル (ガイエスブルグよりFTL通信です)

ガイエスブルグからと聞いて、レイの脳裏にはキール議長の顔が浮かぶ。
しかし、スクリーンに映っているのは、レイの嫌いな赤い髪。

「そう・・・ガイエスブルグが、陥ちたの」

一瞬でその結論を導き出すレイ。

 倒すべき相手がひとつ減っただけ、問題ないわ

「じゃ、さよなら」

それだけ言うと、レイはスクリーンに背を向ける。
これ以上、話すことは何もない。

 

スクリーン越しに見るレイの態度にヒクヒクしながらも、アスカはありったけの自制心をかき集めて言う。

「シンジのビデオがあるんだけどなー。いらないんだ」

ピタ

レイの歩みが止まった。クルリと向きを変え、スタスタとアスカが映るスクリーンに近寄る。

「いらないなんて、言ってない」

赤い瞳が全開で欲しいと訴えている。

『意外とわかりやすい娘ね』

その反応に、一応、満足したアスカ。

「そう、じゃあ送ってあげる」

あきらかに不自然な作り笑いを浮かべ、データを送信するアスカ。
しかし、シンジからのビデオレターに舞い上がっているレイは、そんなことが気になるはずもなかった。

(シンジのビデオがシンジからのビデオレターにすり替わってるし)

ダウンロードしたディスクを大切そうに抱きしめるレイ。
ふと、気がついて顔を上げる。

「ありがとう、・・アスカ」

スクリーンのアスカに向かって、レイは言った。
ちょっと頬を染めたレイ、その表情はアスカが見ても笑っている事がわかる。

「い、いいのよ別に。じゃあ、ゆっくり見てね」

めちゃめちゃ気が引けたアスカは、あわてて回線を切断する。

ふー。

何も映さなくなったスクリーンの前でため息をつくアスカ。

『なによアイツ。ちゃんとに笑えるんじゃない』

何も映っていないはずのスクリーン、そこにまだレイの顔が映っているような錯覚を覚える。
ちょっと頬を染めて、赤い瞳がわずかに細められて。

「ありがとう、アスカ・・・か」

うーん

アスカは伸びをして、スクリーンの前から立ち上がる。
いつもより体が軽い。
いや、軽いのは心。どうしてだろう?

「まあいいや。ヒカリの部屋にでも行ーこうっと!」

自分の送ったビデオの内容をヒカリに指摘されるまで、アスカの勘違いは続いた。

 

ガイエスブルグ要塞の人工知能がクラッキングされたのは、それから1時間後の出来事である。

 


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