1998,04,18
渚の英雄伝説 −第33話−
「ローエングラム候、あんたに恨みはないんだが、これが俺の仕事だ。死んでもらう」
玉座のカヲルに向けてハンドランチャーを構える加持。
虚を突かれ、誰も動くことができない。
まるで時間の流れが止まったかのように。
「葛城・・・俺はここで引き金を引くことしかできない。でも君には君にしかできない、君にならできることがあるはずだ。後悔はしないようにな。りっちゃん、葛城に会うことがあったら、俺がすまないと言っていたと伝えてくれ。後、俺の育てていた花がある。できれば俺の代わりに水をやって・・・うわぁ!まだ俺のセリフの途中なんだ。俺はこの為だけにここにいるんだ、邪魔をしないでくれ!」
加持は警備の人間にとりおさえられていた。セリフが長すぎである。
『この為だけに出てきて、これでお終い。加持さんて、もしかしてバカ?』
アスカの思いは万人共通であった。
その時、キールの遺体が跳ね起きる。
正確には、遺体の下に隠れていたミサトが飛び出したのだ。
「シト殲滅は私の任務です!」
ミサトのセリフは短い。
加持のボケにより、そこに居合わせた全員の思考はまだ停止したままだ。
今度こそ、誰にも、どうすることもできない。
ミサトは銃の弾倉が空になるまで引き金をひいた。
発射された銃弾のすべてが、カヲルに命中するはずであった。
しかし・・・
「ATフィールド・・・なんてインチキ」
一度はガイエスハーケンにすら耐えた心の壁である。
ハンドガンの銃弾など簡単に跳ね返す。
「シトだからね・・・でも今のは本当にきわどいタイミングだった。加持さんのボケはかなり強烈だったからね。あやうく、ATフィールドを浸食されるところだったよ。作戦は完璧だったと思う、ただほんの少し運がたりなかっただけさ」
作戦指揮官としてのミサトの能力に、カヲルは心からの敬意を表した。
空になった銃を下ろすミサト。
最後の賭ははずれた。
呆然とするミサトの背後で、ドサリと人の倒れる音が響いた。
一同がその音の方向に目を向けると、胸から血を流して仰向けに倒れるシンジの姿があった。
「シンジ君!」
カヲルとミサトの絶叫が同時にあがる。
カヲルのATフィールドによりはじかれた弾丸が、シンジの胸をえぐったのだ。
「シンジ君!」
かけよるカヲル。
「シンジ君!しっかりしてくれ!シンジ君」
カヲルの言葉はシンジに届いた。
わずかに瞳を開くシンジ。
目の前に、カヲルの顔がある。
「カヲル君・・・よかった、無事だったんだね・・・」
「シンジ君、しゃべらなくていい。今、医者を呼んであげるよ」
「いいんだ、カヲル君。これは僕が望んだ事だったんだ。死ぬべきなのはカヲル君じゃなく僕の方だったんだ。ずっとずっと、そう思ってたんだ」
「そんな事はないよ、シンジ君。ここまで一緒にやってきたんじゃないか。これからだって、ずっと一緒だよ」
「・・・ありがとう、カヲル君。カヲル君に会えて嬉しかったんだ。でも・・・これでもう」
シンジの口から血があふれる。
「シンジ君!」
「綾波に・・・さよなら・・・」
シンジの口から、それ以上の言葉がもれることは永久になかった。
「シンジ君!お願いだよ、目を開けてくれよ!シンジ君!シンジ君!!」
カヲルの肩に、そっとリツコの手がおかれる。
「カヲル、残念だけど、シンジ君はもう死んだわ」
その言葉にビクっと体を震わせるカヲル。
部屋の片隅では、ミサトと加持がコソコソと逃げ出していた。
碇シンジは夢を見ていた。
確か自分は死んだはずである。死んでも夢を見る事ができるのだろうか?
それでも彼は夢をみていた。
どこかの体育館にパイプ椅子・・・ではない。
あたりは、一面のお花畑である。
「なんか、見覚えのある場所だよなー」
以前、アスカに首を絞められて死にそうになったときに来た、あの場所である。
とぼとぼと歩くシンジの目の前に川があらわれる。
反対岸まで5メートル弱、川幅に比べてそう深くはなさそうである。
「これって、やっぱり三途の川なのかな? となると、向こう岸には・・・」
やはり、向こう岸では、ユイとゲンドウがおいでおいでをしている。
「母さん!」
バシャバシャと川を渡るシンジ。そこまでわかっていて、渡るか普通!
「母さん!」
ハアハアと息を切らせてシンジが駆け寄る。
ユイは優しく微笑んで、シンジを見守っていた。
こんな時、何を口にすればいいんだろう。シンジは考えた。そして・・・
「母さん、僕、夢を見ていたんだ。夢の中で、軍人になって、大きな戦艦にのって、宇宙の果てまで行って、悪い奴らをいっぱいやっつけたんだ」
ユイはシンジを見つめる。
「そう・・・、もういいの?」
とだけ口にした。
「うん。いいんだ、もう。こうして母さんに会えたし」
シンジがユイの胸に抱きつく。
優しくその頭をなでるユイ。
隣では、ゲンドウが憮然とした表情を浮かべている。
「シンジ、私の事は無視か」
その声に顔をあげたシンジが答える。
「・・・・えっと・・・誰?」
ヒク
ゲンドウの表情が強ばる。
「シンジ、お前には失望した」
メガネを中指で持ち上げながら、反撃を試みるゲンドウ。
「やだなぁ、冗談だよ、父さん」
ヒク
その言葉に、ゲンドウの表情が更に強ばる。
『シンジにおちょくられた。シンジにおちょくられた。シンジにおちょくられた。シンジにおちょくられた。』
「あなた」
思考の無限ループに落ち込むゲンドウにユイが声をかける。
「うむ、問題ない。行くぞ、シンジ」
それだけ言い放ち、シンジに背を向ける。
『しばらく見ない間に変わったな、シンジ。・・・強くなった・・・いや、変わったのは私か』
などと多少は父親らしい事を考えるゲンドウ。
「行くって、どこにさ」
「神への道、補完計画だ」
「補完計画?それってG計画のこと?」
「ばっ、ばか者。ユイの前でそれを口にするな」
あわててシンジの口をふさぐゲンドウ。
ちなみにG計画を忘れてしまった読者は、第2話を参照してほしい。
「あなた、何をあせっていらっしゃるの?」
にこやかに微笑んだまま、ユイの表情に殺気がこもる。
「も、問題ない。すべては修正のきく範囲内の出来事だ」
「後できっちり説明してもらいますよ」
「はい」
その様子を見ていたシンジは、ちょっとだけゲンドウの存在が近くに感じられた。
「とにかくだ、シンジ。補完計画を発動するぞ」
「だから補完計画って何さ!」
シンジの問いに答えず、背を向けて歩み出すゲンドウ。
代わりにユイが、シンジの背後から声をかける。
「大丈夫、今にわかる時がくるわ。それと、これだけは忘れないで」
シンジの耳元に口をよせ、そっと囁く。
「あなたの名前はユリアンよ」
シンジの夢はそこで終わった。