1998,04,04
渚の英雄伝説 −第32話−
ミサトは自室のベッドで、ぼんやりと天井をながめていた。
「皮肉なモノね、シトを殲滅したら、私の存在理由も無くなるなんて」
壁に向かって寝返りをうつ。
「それはどうかな?」
意外にも近くで聞こえる声。
ミサトは枕元の銃を抜き放ち、とっさに声の方向に構える。
「なんだ、加持なの。あんまり脅かさないでよ」
ミサトの構えた銃口は、加持の口の中に突っ込まれていた。
驚いたのは加持の方であろう。
「それにしても、ずいぶん久しぶりの登場ね。さしずめあんたも、作者に忘れられた存在かしら?」
ホルスターに銃をもどしながら、ミサトがたずねる。
「いいんだよ、俺にはまだやることが残っているからね。それまでは、どこで何をしていようと俺の勝手さ」
「ふーん、いいご身分ね。で、何をしてたの?」
「もちろん西瓜を育てていた」
「つまらない答え・・・。それで、用済みの私に、何かご用?」
(誰でもいいというか、加持なら何の問題もないと言うか)
「君はまだ、用済みになんかなっていないよ」
「それって、どういう事?」
「敵本体、後退しています」
「この機を逃すな。全艦、敵を追撃せよ」
キールの命令が響く。
「もろすぎるわね」
リツコがつぶやいた。
「りっちゃんは心配性ね」
ナオコの声は浮かれていた。
ゼーレの艦隊は、あらかじめ用意されていた縦深陣の奥深くへ誘い込まれて行く。
戦線が延びきったところで、左右両側面からヒカリとトウジの艦隊が襲いかかった。
そのタイミングに合わせて、カヲルの本隊も反撃を開始する。
「いかん、これはワナだ。転進だ、転進しろ」
キールが絶叫する。
しかし、転進しようにも敵の包囲に隙は無い。
その時、包囲網の一角にキリのように鋭く攻撃が打ち込まれた。
「あれは!」
「ミサト!」
包囲網の外側から、つまり背後からの攻撃にトウジの艦隊が崩れる。
その間にキールの艦はかろうじてガイエスブルグに逃げ込む。
しかし、艦隊は壊滅であった。
キールの戦線離脱を確認し、ミサトの艦隊も撤退を開始する。
「葛城ミサト・フォン・メルカッツ提督か。だてに歳はくってないね」
カヲルの感想を聞いたら、ミサトは激怒したことだろう。
「葛城君!よくやってくれた。最初から君には期待していたんだ。地位でも恩賞でも、予算についても一考しよう!」
ミサトの両手を握りしめ、滂沱の涙を流すキール。
「・・・別に、私はただ、友人を助けたかっただけですから」
ミサトはキールの手をふりほどいた。
唖然とするキールの背後に人影が迫る。加持である。
「もはや、これまでですかね」
「うむ、こうなっては仕方あるまい。脱出の準備だ」
ふりむいたキールが見たものは、鈍く光る銃口であった。
バシュ
短い音が部屋に響く。
キールは床に倒れた。
赤黒いしみが、キールを中心に広がっていく。
「済まないわね、つき合わせちゃって」
ミサトは虚空を見つめている。
「俺には最初から、他の選択肢が与えられていなかった。それだけの事さ」
加持はキールの体を医務室へと運んだ。
長きにわたって繰り広げられた銀河帝国の内戦は、終結をむかえようとしていた。
艦隊戦力を失い、要塞砲を失ったゼーレに、これ以上の抵抗をするだけの力は残されていない。
反乱の首謀者であるブラウンシュバイク公キール・ローレンツは死亡。
盟友のベーネミュンデ公爵夫人赤木ナオコは投身自殺。
銀河帝国元帥ローエングラム侯渚カヲルは、ガイエスブルグ要塞を完全に制圧した。
−ガイエスブルグ要塞 鳳凰の間−
そこでは祝勝会が開かれようとしている。
テーブルにコーラやジュースが並ぶのは、幕僚の構成上、致し方ないところである。
乾杯のあと、捕虜となったゼーレの高級士官の引見始まった。
最初に入ってきたのは、金髪の女性である。
「久しぶりですね、赤木博士。お母様には気の毒な結果になってしまいました」
丁寧な口調で話しかけるカヲル。
リツコは悪びれた様子もなく、居並ぶ面々を見返す。
そして、そこに青い髪の少女がいないことに気がついた。
「レイはこれからですよ」
リツコの表情に気づいたのか、カヲルが言う。
「そう、あなたも大変ね」
リツコの口元に、シニカルな笑みが浮かんだ。
「ええ、だから博士にも協力してもらいたいのです」
「私に?」
「はい、その道のスペシャリストとして・・・」
(まぁ、赤木の血脈は、綾波殲滅のスペシャリストであることに間違いはない)
リツコは手錠をはずされ、カヲルの幕僚に加わることを許された。
彼女の存在は、レイに対する切り札となりえる。
しかし、アスカはこれが面白くない。
そもそもカストロプでアスカを人質にしたリツコである。
面白いわけがない。
「アスカ。あなたには新しい弐号機を作ってあげるわ」
詰め寄るアスカに、リツコのメガネが不気味にきらめいた。
次に入ってきたのは、小柄なショートカットの女性。
「先輩!どーして先輩がそこに?」
よく見知った顔が、敵といっしょに並んでいる光景に衝撃をうけるマヤ。
「マヤちゃん。いつかも言ったかもしれないが、君が一緒に戦ってくれると、僕は嬉しい」
カヲルは『潔癖ミュラー』を諦めていなかった。
しかしマヤの方は、そんなカヲルにはお構いなしにリツコを見つめている。
「私は先輩の事を尊敬しています、でも・・・これは納得できません」
潔癖性の彼女には、昨日まで敵だった存在を急に肯定することはできない。
その敵の中にリツコがいるという事実を、裏切られたと感じたのである。
「そうかい、残念だよ。後は君の好きにするといい」
部屋を後にするマヤ。
リツコのもとを離れ、どこに行こうというのか。
そして最後に入ってきた、無精ひげに長髪の男。
キール議長の懐刀として知られるアンスバッハ・加持リョージである。
彼の後ろからは、キール議長の遺体がガラスの棺に納められて運ばれてくる。
カヲルの前に進むと、加持は芝居がかった仕草で一礼し、ガラスケースの蓋を開いた。
主君の首を、勝者の検分にいれようとするかのように。
その行動はカヲルの気に入らなかった。
主君を売って自分の身の安全を図る、その行為に嫌悪を感じた。
だから顔を背ける。
加持は構わず、キールの遺体に手をかける。
そして、遺体の内蔵を取り出して、中に隠してあったハンドキャノンを取り出した。
「ローエングラム候、あんたに恨みはないんだが、これが俺の仕事だ。死んでもらう」
虚を突かれ、その場にいた誰もが動くことができない。
そう、誰も・・・まるで、時間が止まったかのように。