1998,03,23


渚の英雄伝説 −第30話−


ピカピカ (全艦隊の集結、完了しました)

イロウルの報告に、レイはそっと読みかけの詩集をふせる。

ここ、零号機の中にある彼女の部屋(402号室)は、艦隊司令の居室にふさわしいだけの十分な広さがある。
きれいに磨かれた床、清潔なベッド、部屋の隅でせっせと掃除に励むユイ。

ユイ?

「ここが終わったら、次はバスルームよ」

レイの言葉にコクリとうなずくユイ。
その表情は、結構、うれしそうである。

ユイはこれまで部屋の掃除など自分でやったことがなかった。
銀河帝国の女帝という身分であれば、それも当然であろう。

そんな彼女が、慣れない手つきで床を磨く。
お世辞にもきれいと言えなかったレイの部屋が、じょじょにきれいになっていく。
それがユイには面白いらしい。

文句も言わずにせっせと床を磨いている。

ピカピカ (皇帝にこんなことさせていいのか?・・・それよりも、幼児虐待の危険が・・・)

「何か言った?」

ピカピカ (いいえ! 全艦隊出撃準備、整いました。後はご命令を・・・)

「そう・・・」

辺境討伐に散っていた艦隊の再集結が完了したのだ。
あとは、目標に向かって侵攻するのみである。

その時、レイの瞳が険しい色をおびる。
その変化に恐怖するイロウル。思わず模擬体の拳をギュッと握りしめる。

しかし、イロウルの恐怖の対象は、彼ではなく部屋の隅にいる少女に近づいて行った。
ユイはちょうど、バケツで雑巾をしぼっているところだ。

「それではダメ」

ユイの手から雑巾を取り上げると、膝をつき、全身全霊、魂までこめて雑巾を絞り始める。
たかが雑巾をしぼるのに、こんなに気合いを入れる必要もないと思うが・・・

まぁ、それはともかくとして、雑巾をしぼるレイの姿は美しかった。
雑巾をしぼるという行為が、何か神聖なものであるかのような感じすら覚える。

ユイは呆然とその姿に見とれている。

「・・・ママ」

思わず言葉が口から漏れる。

ゴン

「・・・何をいうのよ」

テれてる、テれてる。やっぱり不器用なんだから。
でもその度に、ユイの頭をグーでなぐるのは、ちょっと可哀想だぞ。

なぐられたユイの方は、涙目になりながらも

「てへへ」

と舌を出している。

多少、乱暴ではあるが、レイとのスキンシップが嬉しいらしい。
これはこれで、コミュニケーションがとれていると言えるのだろうか。

願わくば、殴られ過ぎてユイの頭がおバカになる前に、もう少しスマートな関係になれればよいのであるが。
『不器用』と刻印されたDNAを持つ二人では、それも儚い願いかも知れない。

ピカピカ (あの・・・ご命令を)

おずおずと光るイロウルに気がつき、ユイに雑巾を渡すと、スタスタと歩き出す。

「わかりました。ブリッジに上がります」

そう言って部屋を出ようとするレイを、あわててイロウルが追いかける。

その様子を黙って眺めていたユイは、部屋を出る直前にわずかに振り返ったレイと視線が合った。
少女らしい笑顔をうかべるユイ。
そして、レイの瞳にもほんのわずかな笑みが見えたのは、ユイの気のせいだろうか。

「バスルームが終わったら、次はトイレよ」

おそらく気のせいだろう。
銀河帝国女帝、エルウィン・ヨーゼフ・碇ユイの苦労は、まだ始まったばかりである。

 

−ガイエスブルグ−

「敵艦隊、第一次防衛ラインを突破」

「進路変更、ポイント0、依然進行中」

「敵予想目的地、我がガイエスブルグ要塞である可能性、99.999%」

発令所は、BGMに -DECISIVE BATTLE- が流れるほど、緊迫した空気に包まれる。
予測されていた事態とは言え、ついに敵の侵攻がはじまったのだ。

「警戒警報、発令!総員、第1種戦闘配置」

ミサトの指示が飛ぶ。

 

「始まったわね」

眼下で展開される、あわただしい光景を眺めながらナオコがつぶやく。

「うむ、もはや後戻りはできぬ」

あごの前で手を組み、キールが答える。
実戦に口を出す必要の無い二人は、お気楽なものである。

 

「ミサト、どうするの?」

「どうするも何も、できるだけの事をやるだけよ。シト殲滅は、私の任務だから」

リツコの問いにミサトは答える。

「私が聞いてるのは、そういう事じゃないわ。作戦をどうするかって事よ」

リツコの声に、若干のいらだちが混じった。

「戦局は常に流動しているわ、作戦は臨機応変よ」

「つまり、何も考えてないってことね・・・・」

「失礼な言い方ね。とりあえず、相手の出方をみましょう。どうせ敵も要塞砲の射程には入ってこないでしょうけどね」

「要塞砲、ガイエスハーケン。出力はポジトロンライフルの比じゃないわね」

「あったりまえよー。あたれば1発で敵艦隊の半数を消滅させることができるわ」

「・・・あたれば、ね」

 

−ブリュンヒルト−

「いよいよだね、カヲル君。この戦いに勝利すれば、帝国はカヲル君のものになるんだ」

「それは違うな、シンジ君。僕のものじゃない、僕たちのものになるのさ」

カヲルの瞳が怪しく光る。

「・・・そっかな?」

ちょっと引き気味のシンジ。
本能がこの話題はヤバイと告げている。

「そうだ、カヲル君。ガイエスブルグ要塞はイゼルローン要塞と並んで難攻不落の代名詞みたいなものだよね。でも、そんな強力な要塞が、どーしてこんなヘンピな所に浮かんでるのかな。イゼルローン要塞は同盟と帝国の境界にあって、帝国の守りの要として機能してるけど。死海文書(銀英伝)にも要塞は、異なる勢力の間にあってはじめて価値を持つって書いてあったのに」

あわてて、別の話題を切り出すシンジ。

「無断でシナリオを流用したあげく、そんな事を言うのかい。感心しないね」

「・・・ごめん」

うつむくシンジ。

「アンタたち!いつまでそこで漫才してれば気が済むの」

焦れたアスカが割り込んできた。

「このまま突っ込んでいっても敵の要塞砲の餌食になるだけでしょ。なんか作戦を考えなさいよ!!」

腰に手をあてて仁王立ちのアスカ。

「正面から目標に向かって行くのがシトの本来の姿だって、教えてくれたのはアスカちゃんだよ」

「うっ、・・・そう言えば、前にそんな事を言った事があるような・・・。とにかく、アタシはアンタと心中する気は無いんだから」

「・・・やっぱり綾波が帰ってくるのを待つべきだったんだよ」

背後からレイの艦隊がせまっている以上、カヲルたちは進むしかない。
後がないのはゼーレと同じである。

「作戦が無いことは無い。いや、むしろ作戦は既に決まっていると言うべきかな」

カヲルの瞳はアスカを見ていた。
シンジもつられてアスカを見る。

「なによ、その目は」

アスカの頬に冷や汗が浮かぶ。
レンテンベルグでの出来事が、アスカの脳裏を駆けめぐる。(アスカストライク参照)

「アスカちゃん。君は友人であり、同士であり、僕たちの良き理解者であった。弐号機による遂行を望むよ」

カヲルの言葉と同時にアスカの足下の床が割れる。

「たぁー!」

気合い一閃、アスカは瞬時に反応して背後に飛び退いた。

「フン!このアタシが2度も同じ手に引っかかると思ってるの」

落とし穴を間に挟んで、アスカとカヲルが対峙する。

「カストロプで1回、レンテンベルグで1回」

「シンジ!なに数えてるのよ!!」

「アスカちゃん。君こそが、僕たちの最後のキボウなんだよ」

カヲルが1歩、足を踏み出す。

「たまにはワレが行かんかい」

その背中を蹴り飛ばす関西弁使い。

「僕のしゃべり方は、花輪君に似てるのかーい」

謎の絶叫を残し、カヲルは落とし穴に吸い込まれていった。

「ナイス!鈴原!!アンタ、いつの間にあらわれたの?」

「アホかい。ワシもイインチョも最初っからこの部屋におったわ。ただ、出番がなかっただけや」

付け加えておくならばケンスケもいる。
だか彼の事を描写するには、作者に残された行数はあまりに短い。

涙←ケンスケ


続きを読む
メニューに戻る