1998,02,28


渚の英雄伝説 −第28話−

ヤマアラシのジレンマ


宮殿から拉致され、零号機の一室に連れ込まれたユイ。
その瞳は涙を溜めているが、気丈にも泣き声を上げたりはしない。
部屋の中央に置かれた大きなイスにチョコンと座り、口元をグっと結んでいる。

プシュ

背後で、部屋の扉が開いた。
誰かが入ってくる気配がする。おそらく、自分をこんな目にあわせた張本人なのだろう。
ならば、文句の一言も言ってやらねばならない。
彼女の矜持が、それ以外の行動を許さない。

ユイはイスから飛び降り、背後を振り返る。
敢然と侵入者を睨み付けたはずの、赤い瞳。
しかし、その瞳は驚きに大きく見開かれ、やがて恐怖の色をたたえる。

ユイの瞳に映ったモノは、自分と同じ赤い瞳。

彼女はその瞳を忘れていない。
バーサンと呼んで叩かれたこと。
そして、光の壁でゲンドウを・・・・

部屋に足を踏み入れたレイは、ゆっくりとユイの前に歩み寄る。
その身を屈め、視線をユイの高さに合わせる。

ユイの目前に、赤い瞳が迫る。
その恐怖に堪えかねて、彼女はギュッと目をつぶる。

レイの目の前には、何かに怯える少女がいる。
(恐怖の対象が自分であるなどとは、露ほども思っていない)
その姿が、ある記憶を呼び起こす。

 

泣いているのは私。
あれは、いつの頃だろうか・・・

それまで住んでいた大きな屋敷を引き払い、見知らぬ町へ引っ越す事になった。
母は既になく、父も失った。
何もなかった私。

その私を優しく包んでくれた
私の側で支えてくれた
とても暖かい、とても大切な記憶

・・・碇君。

 (これはレイの勘違い。本当はカヲルなのだが、人は思い出を忘れる事で生きていける)

 

ギュッと目を閉じ、次に来るであろう衝撃に備えていたユイ。
そっと彼女の両肩に手が置かれる。
そして、その手は彼女の背中に回り、顔に暖かいモノが押しつけられる。
背中に回された腕に力がこもる。

ベアハッグ

腕の中で暴れ出すユイ。
私の記憶と何か違う。
感じる違和感に、腕の力を緩める。

絞め殺す気?
なんとなく、運命を感じるユイ。
ようやく自由が利くようになり、顔をあげる。

目の前の赤い瞳。そこに浮かぶのは戸惑い。

その時、ユイは理解した。
この人は私と同じなんだという事を。
ユイの心から恐怖が消えた。
今度はユイの腕がレイの背中にのびる。

私はただ、知りたかっただけ。
あの時の碇君の気持ち。
今なら少し、わかる気がする。
(だから、カヲルなんだけど、本当は)

ユイの背中に回された腕に再び力がこもる。
ちょっと苦しい。でもイヤじゃない。

ママ

そんな言葉がユイの脳裏に浮かぶ。
だが、ユイは知っている。自分に母親などいない事を。

それでも、お母さんって感じがする

だから声に出してみる。
精一杯の思いを込めて。

「ママ」

ゴン

「ふぇー、グーでぶったー」

「何を言うのよ」

照れているみたいだ、本当に不器用なんだから。

ウルウルと涙をうかべてレイを見つめるユイ。
困ったようにレイは問う。

「どうしてそんな事言うの?」

「知らないの、お母さんってどんなモノか。でもさっき、お母さんって感じがした」

「そう」

 

 

同じなのね

 

 

「じゃあ、お父さんは?」

「お父さん?」

ユイの脳裏にゲンドウが浮かぶ。しかしそれは一瞬のこと。

「知らない」

うつむくユイ。

「そう」

 

 

ニヤリ

 

 

レイは懐から1枚の写真を取り出す。

「この人があなたのパパよ」

ユイはひたすら写真をみつめる。

「この人がパパ?」

「ええ、そうよ」

ユイは戸惑っていた。自分には両親などいない。
それでは、この写真は誰?
青空を背景に、優しそうに微笑む少年。

「合ってみたい?」

コクリ

「じゃあ、行きましょ。大切な人を取り戻しに」

 

ユイの興味を引くことに成功したレイ。
皇帝の権力を背景に、この後いったい何をするつもりだ。

 

慟哭、誰が為の勝利作戦

ガイエスブルグを攻めるカヲル達を背後から急襲。
ゼーレと挟撃して、これを殲滅。
カヲル達を屠った後は、返す刀でゼーレを叩く。

これで完璧ね、待っていなさいカヲル。

 


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