1998,02,21


渚の英雄伝説 −第27話−

エンジェルアタック


 

マリーンドルフ伯惣流アスカはベッドに身を横たえ、見なれた医務室の天井を見上げていた。
右手はギプスで固められており、右目にも眼帯、頭には包帯が巻かれている。
本作品における包帯消費量No.1は、間違いなく彼女である。

「やだな・・・・またこの天井か」

コンコン

静かな病室にドアをノックする音がやけに大きく響く。
続いてプシュと短くドアの開く音。更にコツコツと堅い軍靴の足音が近づいてくる。

「アスカ、気がついたんだ」

アスカは無表情にシンジの顔を見上げる。

『なに嬉しそうな顔してるんだろコイツ。バッカみたい・・・』

「あの後、大変だったんだよ。アスカの乗ったJAは動かないし、初号機も穴が開いて使えなくなっちゃって、ヴェスターラントの革命政府に救助要請をしたり、そのうちTV局とか取材にきたりで凄かったんだ・・・」

『別にそんなのどーでもいーじゃん』

再び天井を見上げる。

「でもよかった、アスカが目を覚ましてくれて。もうこのまま2度と起きてくれないんじゃないかって心配したんだ」

『・・・えっ・・・』

「5日間も意識不明だったんだよ、アスカは」

その言葉にシンジの顔を見つめるアスカ。青い瞳に生気が宿る。

「・・・シンジ」

「なに?」

「・・・元気そうね」

「・・・うん」

突然アスカの声が大きくなる。

「このアタシが5日間も意識不明の重傷なのに、なんでアンタはピンピンしてるのよ」

「ご、ごめん」

「ごめんじゃないわよ、まったく」

「しょ、しょうがないよ・・・僕は今、入院するわけにはいかないから・・・」

「何それ・・・アンタ、無理してるんじゃ・・・」

ほんの一瞬だけ心配気な表情を見せるアスカ。

「僕が入院して、目を覚ましたら綾波がいなきゃいけないんだ。だから綾波のいない今は入院なんかできないんだ」

ドス

ギプスで固めたアスカの右腕がシンジを襲う。
ベッドに寝たままの状態で延ばされた彼女の腕は、容赦なく少年の一番切ない部位をエグる。

 

 

 

「零号機より各艦に通達」

レイの声が響く。

「本艦隊は間もなく帝都オーディンに到着します。到着と同時に全艦、作戦行動を開始」
「イロウル」

ピカピカ (ハイ)

「帝都の防衛システムに介入、その機能をマヒ」

ピカピカ (了解)

「各艦は所定のポイントに降下後、作戦終了までその場を保持」
「アルミサエル」

クルクル (ハイ)

「NERV宮殿内部に侵入、本作戦の目標である皇帝の身柄を確保」

クルクル (了解)

「以降、目標をアダムと呼称します」

目標はアダム。その状況にイロウルとアルミサエルが燃える。俄然やる気のシト達。
ルッツとかワーレンとかの設定は、もはや意味がないのかも知れない。

「ワープアウト、作戦開始」

スクリーンには碧に輝く惑星オーディンが映し出される。
降下目標のNERV宮殿は、ちょうど朝を迎えようとする時刻であった。

 

所属不明の艦隊800隻が、突如、衛星軌道上に出現。
帝都防衛司令部では、狂ったように警報が鳴り響く。

しかし、誰も事態の把握ができないうちに、次々と警報が解除される。
ひとつ、またひとつとディスプレイの明かりが消えていく。
何もできないままにその機能を失う司令部。

イロウルは自分の仕事を着々とこなしていく。

 

「全艦、突入」

世に言う ”ANGEL ATTACK” の開始である。

この作戦には公式な作戦名が存在しない。
『強襲、夜明けのアダム強奪計画』をレイが提唱したのだが、賛同するものがいなかったからだ。

帝都に轟音が響く。超音速で飛来する艦隊の衝撃波である。
何事かと表に飛び出る者、家の中でじっと身をすくめる者。人々の反応は様々である。

ここNERV宮殿でも、ドーンという衝撃音に身をすくませる者がいる。
銀河帝国皇帝、エルウィン・ヨーゼフ・碇ユイその人である。

その小さな体なら、一度に10人は寝ることができるであろうほどの巨大なベッドの中で、窓を揺るがす大音響に一人震える。

「・・・・・」

彼女の口は固く閉ざされている。
ごく普通の少女であれば、自分を守ってくれる存在に助けを求めるのであろうが・・・。

母、彼女を生み出した存在。
そう呼べる可能性のある人物、赤木ナオコは現在、ガイエスブルグにいる。彼女を倒すために。

父、彼女を守るべき存在。
そう呼べる可能性のある人物、碇ゲンドウはすでにこの世の人ではない。

「・・・・・」

助けを求めるべく口にする名を、少女は持たなかった。

 

バン

大きな音とともに寝室の扉が開かれる。

「そんな事はないぞユイ君」

寝間着にガウンを羽織っただけで、あわただしく部屋の中に飛び込んできたのは、宰相リヒテンラーデ公冬月コウゾウである。

 

頭から布団の中にもぐり込んでいたユイが、ヒョイとその愛らしい顔をのぞかせる。

「何よジーサン」

相変わらず辛口である。

「私が来たから、もう大丈夫だ。怖かったかね」

「余計なお世話よ、ジーサン」

「くぅ、ユイ君、なぜそんな事を言うのかね」

冬月は泣いていた。

「だって、あなたジーサンでしょ」

確かにそうだ。返す言葉のない冬月、頬を伝う涙を止めることができない。

 

「予定ポイントに到着。各個の判断で、各艦、任意に迎撃」

イロウルの活躍により、組織的な反撃はなされいない。
わずかに上がってきた戦闘機隊も、皇帝の居城の上空とあっては迂闊に戦闘を行うこともできずにいる。

「アルミサエル。出撃」

それまでクルクルと輪になって回っていたアルミサエルが、突然1本のロープのような形に変形する。
レイの命令をうけて、蛇のようにその身をくねらせブリッジから飛び出す。

「待って」

その言葉に、出口に向いていた頭と思われる部分だけクイっとこちらに向ける。

「アダムとの融合はしちゃダメよ」

コクコクと頭と思われる部分がうなずく。

「行きなさい」

再び身をくねらせて、出撃するアルミサエル。

その様子を目撃していたオペレーターは思う。

「オーベルシュタインを敵にまわすのは愚か者だ。勝てるわけがない」

 

ガシャーン

窓を破って皇帝の寝室に躍り込むアルミサエル。
室内には人影が二人。

「おのれ曲者、この冬月の目の黒いうちは、ユイ君に指1本たりとも触れさせはせんぞ」

背後にユイをかばい、どこから持ってきたのか金属バットを握りしめる。

アルミサエルはフィールドを展開。
あっさりとはじき飛ばされ、白目をむく冬月。有言実行の男である。

クルクルとユイの体を巻き取ると、そのまま零号機まで運ぶアルミサエル。
出撃からものの1分もかからずにアダム奪取に成功する。

「作戦終了、全艦離脱」

轟音だけを残し、謎の艦隊は帝都を後にする。
もう誰も、彼女を止めることはできない。

ていうか、誰か、止めてやれ。

 


続きを読む
メニューに戻る