1998,02,14


渚の英雄伝説 −第26話−

阻止限界点


ここは「カヲル君の部屋」と書かれた扉の中である。

応接セットのソファーに並んで腰を下ろすシンジとアスカ。二人の正面にはこの部屋の主が座る。

「目標はJA、現在ヴェスターラントに向かって高速で移動中。到着予測時刻まで、僕たちに残された時間は少ない。このままJAがヴェスターラントに接触すると、そこに生活する人々200万人が核に汚染され滅びると言われているのさ」

『カヲル君、そのしゃべり方は無理があるよ』

そう思うシンジだが、いつになく真剣なカヲルのまなざしに、言葉にはできなかった。

「なんとしてでも目標を阻止しなければならない。その為にはアスカちゃん、君の力が必要なんだ」

身を乗り出し、グッとアスカの手を握る。

「ふん、ここ最近あたしの出番なんかぜーんぜんなかったくせに、こーんな時ばっかり頼りにしてさ」

憎まれ口をたたくアスカだが、その顔はやたらと嬉しそうである。

カヲルがこんなに真剣な理由は、本作戦の失敗がシンジとの破局につながる可能性を秘めているからなのだが。

今はアスカがそれを理解していることを祈るのみである。

「シンジ君は初号機で目標を追跡。アスカちゃんを背後部にあるハッチにとりつけた後、安全空域まで離脱」

握った手を未だ離さないアスカに困惑しながらも、カヲルは話をすすめた。

「乗るの?アタシが?」

アスカの表情が険しくなる。

「そうだよ」

リンゴくらいなら素手で握りつぶせるアスカの手に力がこもる。今、握られているのはカヲルの手であるが・・・

「そんな、無茶よ!」

カヲルの表情が苦しくなってきた。

「無茶は承知さ、でも他にベターな方法がないんだ」

メキ

その時シンジはイヤな音を聞いたという。

 

 

−初号機−

船外作業服に着替えたアスカ。

『メトロン星人みたいだ』

シンジは心の中だけで思った。

「アスカ、いきまーす」

何かをふっきるような威勢の良いかけ声とともに初号機の甲板に踊り出るアスカ。
前方を走るJAの後ろ姿がだんだん大きくなるのがわかる。
そして、JAの更にむこうには惑星ヴェスターラントが浮かんでいる。

「目標を肉眼で確認ってか」

お約束をつぶやく。

「アスカ、急いで。ヴェスターラントまであと5分もないよ」

通信機からシンジの声。

「はいはい、わかってるわよ」

満天の星空の下、アスカはあざやかな紫色に染め上げられた初号機の甲板を走る。
目標は艦首にある初号機のツノ。
よいしょ、よいしょとツノの先端までよじのぼる。
重力やら慣性やらはこの際、無視しておこう。

目の前には、徐々に大きくなるJAの背中。

「ちょい右、もうちょい、オッケー。そのままフかして。って、バカー、フかし過ぎよー!」

初号機のツノがJAに軽く突っ込みを入れる。

衝撃で飛ばされたアスカだが、なんとかJAのハッチにとりつく。

「ゴメン、大丈夫?」

「気をつけなさいよ、まったく」

ブツブツと文句を言いながら、ハッチを開ける。

バシュ

今度は吹き出してきた内部の空気に飛ばされるアスカ。

「アスカ!」

なんとか片手が初号機のツノをつかみ、事なきを得る。

「・・・も気をつけてよ」

ここではVサインを忘れない律儀なアスカ。

とりあえず、なんとかJAにもぐりこんだようだ。

 

「ここね」

コンソールを前につぶやく。

”キボウ” (カナ入力)

エンターキーを押す。

ピー

ゆっくりと制御棒が下りてゆく。
ギッチョン、ギッチョンと走っていたJAの動作が停止する。

「やったー!止まったよアスカ!!」

よろこぶシンジ。

「あれー?これで終わりなの。なーんか、簡単だったわね」

釈然としないアスカ。

「まっ、いーか」

そうつぶやいて、その場にしゃがみこむ。さすがに緊張していたらしい。

 

 

 

「アスカ、逃げて!!」

突然、シンジの声。

外部モニターを見あげると、そこにはスクリーンいっぱいに惑星ヴェスターラントが広がっていた。

「うそ!止まったんじゃなかったの」

原子炉の暴走は止まった、ギッチョンギッチョンという動作も。しかし、悲しいかなここは宇宙。
それだけで、いきなりその場に停止したりはしない。
JAはそれまでのスピードを維持したまま、阻止限界点を突破する。

ゴウン

JAの巨体が揺れる。その衝撃が大気圏に突入したことをアスカに教える。

「アスカ、早・・・ザー・・・」

突入の電波障害で無線も切れる。

「せっかくやったのに・・・やだな、ここまでなの」

呆然とつぶやくアスカ。

ガクン

再びJAに衝撃が走る。

いよいよ空中分解かとモニターを見あげる。

JAの足下に紫色の物体が広がっていた。初号機である。

「シンジ・・・無理しちゃって・・・なんて言うと思ったら大間違いよ、アンタ馬鹿ぁ、アタシはクワトロ大尉じゃないのよ。何が阻止限界点よ、こんなオチで許されると思ってるの」

ダンダンと初号機の上で足を踏みならすJA。

「うわあ、アスカ。いきなりJAとシンクロしないでよ」

「うるさい、うるさい、うるさーい!」

地団駄を踏むJA。

ボコッと派手な音ともに、初号機の甲板を踏み抜く。その足はブリッジを直撃し、シンジの目の前を通過していった。

「うわああぁぁ!!」

シンジの絶叫をよそに、片足をめり込ませたまま、さらに暴れるJA。

「だいたい、ストーリーにヒネリが足りないのよ、って、バカ、機体を捻ってどーするのよ」

完全にコントロールを失った初号機は、オチが捻られなかった作者の反省をこめて、キリモミ状態で落下していく。

 

その日ヴェスターラントの地上からは、燃えるように赤く光る、巨大な流れ星が目撃されたという。

 

カヲル達が、貴族連合の核攻撃からヴェスターラントを守ったというニュースは、ヒカリのローキックよりも速いスピードで、全宇宙を駆けめぐった。
これにより、世論は完全にゼーレを悪とし、カヲル達の支持を表明する惑星が相次いだ。

 

そして、ニュースはここ、帝都オーディンへと向かう零号機にも届いていた。
レイの見つめるモニターの前には、ヴェスターラントの光景が映し出されている。

どこかの浅瀬に頭から機体半分を海中に突っ込んで、垂直にそそり立つ初号機の映像。

どこかの山中に頭から体半分を地中に埋めて、2本の足を天に突き出すJAの映像。

「弐号機パイロット、碇君に恥をかかせたわね・・・」

綾波の、うらみ日記がまた1ページ。

 

 


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