1998,02,07
渚の英雄伝説 −第25話−
銀河帝国軍中将、ジークフリード碇シンジは、総旗艦ブリュンヒルトのブリッジでスクリーンを見つめている。ちょうどそこには、カヲルの特命を受けたレイの艦隊が、ゆっくりと離れていく映像が映し出されていた。漆黒の宇宙空間を背景に浮かぶ真っ白な艦影は、一見するとブリュンヒルトと区別がつかないほどよく似ている。しかし、艦首につけられたモノアイが、レイの乗艦”零号機”であることを主張している。
余談ではあるが、カストロプでシンジの使った”初号機”は紫色でツノがある。
「心配かい、レイの事が」
黙ってスクリーンを見つめるシンジの背後から、カヲルが妖しく声をかける。
「うん、なんだか元気がなかったし・・・ちょっと可哀想かな、なんて・・・」
スクリーンを見つめたまま発せられたシンジの言葉は途中で勢いを失い、最後の方はほとんど聞き取れないほど小さくなる。
「いくらレイでも、笑って許してあげられないことがある。ヴェスターランもその一つ。今回の遠征は、レイにはよい薬だよ」
その言葉とは裏腹に、カヲルの心境はいささか複雑であった。自分で決定した事とは言え、レイと離れるのを寂しく感じているのはカヲルもシンジと同じである。普段は、シンジを巡って暗闘を重ねる事の多い二人だが、本来は仲の良い姉弟なのだ。ただコミュニケーションのあり方が、ちょっと不器用ではあるが。
「ヴェスターラントの件で、レイの事が嫌いになったかい?」
前回のアレは、ちょっとやり過ぎたかなと思うカヲル。
ほんの少し、レイをフォローするつもりで話をふる。
「そんな・・・そんな事、あるわけないじゃないか」
カヲルの予想よりも、だいぶ強い口調で答えるシンジ。
「僕は卑怯で、臆病で、狡くて、弱虫で・・・・でも綾波は違うんだ・・・・強いんだ、綾波は。僕はつらいことから逃げ出してばかりいるけど、綾波は逃げないから・・・・・今度の事だって、本当は綾波の方が正しかったのかも知れない・・・」
レイがいるであろう方向を見つめながら心情を吐露する。
「いいんだよ。シンジ君のそんなガラスのように繊細なところが好意に値するんだから」
カヲルの言葉に、頬を染めうつむくシンジ。(いやーんな感じ)
「ありがとう、カヲル君。そうだね、僕もきっと、綾波のあのシンの強いところが好きなんだ」
カヲルの方を振り返りながら、思わずカヲルの心臓が止まりそうな事を、さらりと言うシンジ。止まらないまでも確実に寿命は縮まった気がする。
『落ち着け、落ち着くんだカヲル。シンジ君の言ってることは一般論だ。そうだ、そうに決まってる。でもそうすると、僕の告白もシンジ君は一般論として受け取ってるのかな。それは困る。でもそうでないと、今のシンジ君の言葉は一般論とならないわけで、ああ、どうしよう。』
パニクるカヲル。
『何にしろ、ここにレイがいなくてよかったよ。今のシンジ君のセリフを聞かせる訳にはいかないからね』
内部崩壊を瀬戸際でくい止め、シンジにひきつった笑顔をうかべる。
しかし、シンジはカヲルを見ていない。その視線はカヲルの背後を見つめていた。
不審に思ったカヲルが振り返ると、そこには頬を染め、恥ずかしそうにうつむくレイの姿があった。
「レイ、まさかアレに乗っていなかったなんてオチじゃないだろうね」
「あ・・・綾波、綾波がどうして、ここに・・・」
二人の問いかけにも、レイはうつむいたまま顔を上げない。
「レイ」
カヲルの声に、消え入りそうなほど小さな声で口を開く。
「これ、ホロビジョンだから。出港前にさよならだけ言っておこうと思って・・・」
つま先でのの字を書いているレイの立体映像。
同型艦であるブリュンヒルトと零号機の艦橋には、完璧な立体映像を映し出す通信システムが装備されている。
「そう・・・なんだ・・・」
こちらものの字を書き始めるシンジ。先ほどの自分のセリフを一生懸命思いだそうとするが、何を言ったのか思い出せない。
「なんだか、目の前に本当に綾波がいるみたいだね」
「そう?そうかも知れない」
零号機のブリッジにはシンジのホロ映像が映っているのだろう。
顔を染めて、うつむく二人。いい感じとも、いやーんな感じとも言える。
当然いやーんな感じで二人を見ていたカヲルは、ふと疑惑にかられてレイの映像に手を延ばす。なんの抵抗もなくレイの体に吸い込まれるカヲルの腕。やはり本物の立体映像か。いや、レイに限って言えばこれだけでは安心できない。映画での前例もあるし。
何度も手をのばし、レイの姿をつかもうとするカヲル。
「何をするのよ」
さすがにイヤなのか、シンジの方に逃げ出すレイ。器用にもシンジにそっとよりそう。
その姿が、カヲルの心を逆撫でする。
「レイ、挨拶はすませただろう。もう出発しないと」
顔は笑っていても、目が笑っていない。
「零号機は既に予定通りのコースを航行中。別に、このままでも問題ないわ」
いつの間にか、船外映像を映すスクリーンから零号機の姿は消えていた。
「FTL回線でつなぎっぱなしにしてるのかい」
「ええそうよ」
さっきまではシンジによりそうように立っていたレイの映像が、今ではシンジと一部重なっている。
「碇君とひとつになってるみたい・・・」
「綾波、何を言ってるんだよ・・・・」
断っておくが騎乗位ではない。
小刻みにふるえるカヲルの体。怒りのためか、悔しさのためか。
「零号機からの回線を切断しろ」
ふっとレイの姿が消える。あの調子でシンジにまとわりつかれては、実体がない分たちが悪い。
ため息を漏らすカヲル。
『ひょっとして、レイも寂しかったのかな』
零号機の消えたスクリーンを見ながらそう考えると、思わずカヲルの口元がゆるむ。
その時突然、スクリーンの画像が乱れた。
「どうした」
まさか敵襲、油断していたのか。カヲルがそう思った次の瞬間。
「サブコンピューターがハッキングを受けています。侵入者不明」(友情出演、ロン毛オペレータ)
がっくりと膝をつく。侵入者に心当たりがありすぎるから。
「防壁を展開しろ」
「疑似エントリー展開。失敗、防壁を突破されました」
「メインケーブルを切断」
「ダメです、命令を受け付けません。メインコンピューターに侵入されました」
「IOシステムをダウンしろ」
「電源が切れません。ダメです乗っ取られます」
消えたとき同様、ふっと表れるレイの映像に頭を抱えるしかないカヲルであった。
「レイ、いつからコンピュータを浸食するようになったんだい」
カヲルの言葉には力がない。
「私の副官、優秀だから」
「副官?たしかワーレンとルッツだったかな」
「ええ、そうよ」
レイの映像の背後に巨大な腕が出現する、エヴァの模擬体のようだ。そこにはオレンジ色に輝く光学パターンが確認できる。
「アウグスト・イロウル・ワーレン」
つぶやくレイ。どうやら、副官を紹介しているらしい。
次にレイの頭上に、クルクル回りながら光る輪が表れる。
「アルミサエル・ルッツ」
紹介だけすませると、イロウルとアルミサエルの映像は消えた。
「一つになるのが好きな連中ばかりじゃないか。あと自爆も・・・」
カヲルのつぶやき。
「ダメだよ綾波、使徒は反則だよ。せめて人間・・・」
シンジのつぶやき。
「通信ユニットを物理的に排除」
カヲルの命令は投げやりであった。
「しかし、通信機能のない旗艦では、今後の作戦展開に多大な影響が出ると予測されますが」
「構わないから、今すく破棄してくれ」
繰り返されるカヲルの命令は、とても投げやりだった。
−零号機−
レイの目の前からシンジの映像が消える。
イロウルに非難の目を向けるレイ。
ピカピカ
模擬体の光学パターンが変化する。
「そう、すべての回線が使用不能になったの・・・」
ピカピカだけでイロウルと意志疎通するレイ。困ったものである。
「逆に考えれば、カヲルも私たちに何も言えなくなったということね」
思案顔のレイ。なにやら悪い予感がする。
「進路変更。これより零号機は本隊として800隻を率いて、帝都オーディンに向かいます」
クルクル
アルミサエルの回転が加速する。べつにレイが踊っているわけではない。
「命令違反?大丈夫、オーディンにはユイがいるから」
クルクルだけでアルミサエルとも意志疎通するレイ。物理的融合をすれば会話も可能だ。
一口に辺境星域といっても、銀河帝国の版図は広大である。真面目に攻略していったら膨大な時間がかかる。
隣にシンジがいてくれれば、のんびりやるのも悪くはないかもしれない。しかし・・・
辺境で日和見している勢力を平定するのに、私が直接指揮する必要もない。
ここは帝都に帰ってユイにカヲルの命令を取り消させ、一刻も早く碇君のそばに戻らないと・・・。
そうだ、どうせならユイも連れてこよう。
零号機にユイを乗せて、皇帝の勅命で碇君も零号機に・・・そうすればもうカヲルの邪魔は入らない。
レイの中ではユイ皇帝の初陣が決定したようだ。あっぱれである。