1998,02,01


渚の英雄伝説 −第24話−

ヴェスターラント


ゼーレ議長、ブラウンシュバイク公キール・ローレンツのもとに悲報が届く。
惑星ヴェスターラントを統治していた彼の甥、シャイド時田男爵の訃報である。

統治者として、時田は無能ではなかったが、自分を自慢し誉めてもらいたがるという性癖があった。
その性癖が民衆の反感を買い、ついには反乱、自らの死を招く結果となったのだが。

おさまらないのは甥を殺されたキールである。

「ヴェスターラントに核攻撃を行う」

常軌を逸したキールの決定。とりあえず加持が道を正す。

「しかし、議長。今時、熱核兵器なんてどこにも置いてないでしょう」

「むぅ、探せば1つくらいあるんじゃないか?」

「みんなN2兵器にとってかわられましたからね。博物館を探してみても、あんなものあるかどうか・・・」

だからってN2兵器でも十分問題なのだが。

「いや、N2兵器などでは気分がでない。やはりここは核だ。なんとしてでも探し出せ」

キールの命令によりガイエスブルグ要塞の倉庫という倉庫がひっくりかえされた。そして・・・。

 

「まさか、こんなものがあったとはね」

驚く加持。

「なんで、こんなものがここにあるのよ。これも一応核兵器かしら?」

混乱するミサト。

「核兵器以外の何物でもないわね」

断定するリツコ。

3人の目の前には某重化学工業連合により作られた戦闘兵器、ジェットアローンがあった。

 

「議長、核兵器がみつかりました」

残念そうにつぶやく加持。

「この不細工なロボットがか?まぁよい。ヴェスターラントに向けて発射だ」

キールの命令が下った。

制御棒を全開にし、ガッチョン、ガッチョンと足音を響かせて宇宙を駆けるジェットアローン。

その光景をスクリーン越しに見つめる二人の女性。

「あのまま歩いてヴェスターラントまで行く気かしら? 常識を疑うわね」

ミサトの疑問はもっともであるが、足音が聞こえるのはなぜ?

「到着予定時刻は12時間後だそうよ」

平然と応えるリツコ。

「ここからヴェスターラントまで、いったい何光年離れてると思ってるのよ。ガッチョンガッチョン言いながら12時間で行けるわけないじゃない」

「でも事実よ」

「だいたい陸戦兵器がどうやって宇宙空間を進んでるのよ」

「理屈じゃないの、そこから導き出される結果が重要なのよ。とにかく、12時間後にはヴェスターランに到着してるの」

「科学者の言葉とは思えないわね。で、成層圏で燃え尽きてくれると嬉しいんだけどなー」

「甘いわね、あそこまで非常識なJAがあっさり燃え尽きたりすると思う?」

「ダメよねー、やっぱり」

思わず見つめあう二人。

「イヤよ私は。民間人を戦闘に巻き込むなんて。そもそも、戦闘とも言えないじゃない、こんなの」

ミサトの言葉にうなずくリツコ。

おもむろに受話器に手を延ばす。

 

綾波レイ・フォン・オーベルシュタインは、とある扉の前に立っていた。
その扉には『カヲル君の部屋』と書かれたプレートがかけられている。
ノックもせずに扉を開くレイ。左腕にはN2と書かれた円筒状の物体が抱えられている。

あなたにも、この気持ち分けてあげる

前回の自爆の事を言っているようだ。部屋の中にカヲルはいない、今はシンジと入浴中である。
その事実が彼女をこんな行動に駆り立てた要因の一部でもあるらしい。

あなたは死なないわ・・・・・たぶん

カヲルなら、N2爆弾くらい大丈夫だろう。根拠はないがそんな気がするレイであった。
部屋を見渡し、妖しげなデザインのカヲルのベッドを確認する。爆弾をしかけようと近づこうとしたその時。

ピロピロピロピロ ピロピロピロピロ

カヲルの机の引き出しの中から音がする。警報装置のたぐいか?
とりあえずその引き出しを開けてみるレイ。

これは何?・・・これは電話。・・・なに鳴いてるの?

ひとしきりボケてから受話器に手を延ばす。
受話器の向こうの相手は、一方的に用件を告げると回線を切ってしまった。

ツー ツー ツー

発信音を聞きながら、レイは今の情報を整理する。

 

衝撃、ヴェスターラント攻防戦

シナリオではこの作戦によりカヲルと碇君の関係に亀裂が入るの。
なんとしてでもヴェスターラントに核攻撃をしてもらわないと・・・。

でもあそこには200万人の人がいたはず・・・・それを見殺しにするの?
カヲルとの仲を引き裂く絶好のチャンスなのに・・・。
碇君、こういうとき、どうしたらいいの?

 

レイの頭の中でやさしく微笑むシンジ。(なぜか裸。現在入浴中の影響か)
その背後から抱きつくように姿を見せるカヲル。そのままズルズルとシンジを湯船に引きずり込む。

バキ

手のひらの中で受話器が悲鳴をあげる。無意識に握りつぶしてしまったようだ。
壊れた受話器をしばらく無言で眺め、何事もなかったかのように引き出しにしまう。

カヲルの部屋を後にするレイ。その表情に迷いはない。

 

「風呂はいいね。リリンが生み出した文化の極みだよ。特にシンジ君と入るのは最高さ」

そんな感想を漏らしながら自室に戻ったカヲルは、机の上にデンと置かれたN2爆弾を目撃したという。

 

1時間後

 

コンコン

カヲルの部屋をノックする者がいる。
机にむかい書類に目を通していたカヲルは、黙って扉を開けるスイッチに手を延ばす。
ノックの音で、それがレイだということがわかっていたから。

スタスタとカヲルのそばに歩み寄るレイ。

「どうしたんだい、忘れ物かい?」

机の傍らにはN2爆弾が置かれていた。

「さっき連絡があったの。ヴェスターラントに核攻撃が行われるそうよ」

レイの言葉に書類から顔をあげる。

「どこから、そんな情報を仕入れてきたのかな?」

レイの視線がわずかにそれる。その先にあるものに思い当たったカヲルは引き出しを開ける。
中には、握りつぶされたように壊れた電話が入っていた。

「鳴らない電話か・・・なにも壊すことはないだろう」

ちょっと非難の視線をレイに向けるが、その程度で動揺を見せるような彼女ではない。

「まぁ、何にせよ放っておくわけにもいかないな。至急、迎撃の艦隊を派遣する」

カヲルは命令を下した。しかし・・・

「だめ」

強い意志のこめられた否定の言葉。

「・・・・・どうしてだい、まさか200万人を見殺しにする気なのかい?」

「ええ、そうよ」

淡々とした肯定の言葉。

「・・・・・理由をきかせてくれないか?」

「帝国を2分して争われているこの内戦において、私たちは絶対的勝利をまだ手中にしていない。でも、この核攻撃により人々は知ることになるの。私たちと貴族たち、どちらに正義があるのか。内戦を早く終結することが、結果的に犠牲者を少なくすることにつながるわ」

「そのためには、ヴェスターラントを犠牲にしろと」

コクリ

無言でうなずくレイ。

「本気で言ってるのかな?」

「ええ、本気よ」

赤い瞳と赤い瞳がぶつかり合う。
そのままどれだけの時間が経過しただろうか。
悲しげな表情で先に視線をそらしたのはカヲルの方であった。レイは勝利を確信した。

「本気だそうだよ、シンジ君」

その一言が、レイの心臓をつらぬくまで。

ゴソゴソと机の下から姿を現すシンジ。その姿を呆然と見つめるレイ。

「綾波、たぶん綾波の言ってる事は理屈として正しいと思う。でも、今そこに僕たちの手で助けることができる人がいるんだ。その人たちを見殺しにして、明日の勝利をつかむなんて僕にはできないよ」

未だショックから立ち直れないレイの耳にはシンジの言葉が意味をなさない。

「おかしいよね。人殺しが職業の僕が、こんな事を言うのは。偽善かもしれない。でも、やっぱり僕には綾波みたいに割り切って考えることはできないんだ。目の前に助けられる人がいたら、助けたい」

わずかに口を開くレイ。

「碇君、どうしてここに?」

それしか言葉にできなかった。

「ゴメンよ、綾波。本当はこんなことしたくなかったんだけど、カヲル君がどうしてもって言うから。カヲル君の机の下に隠れてたんだ」

カヲルに視線を向けるレイ。再びぶつかる赤い瞳。しかし、レイの瞳に生気はなかった。

「レイ、今君は冷静な判断ができない状態でいる。ちょっと考えれば、こんな事をシンジ君が喜ぶかどうかわかりそうなものだからね」

そこで一息つくと、凛とした声で命令する。

「綾波レイ・フォン・オーベルシュタイン、卿に命じる。辺境星域におもむき、未だ貴族連合に組みする星系の全てを平定せよ。任務終了まで帰還する必要はない。少し頭を冷やしてくるんだ」

さすがに、途中で同情したのか、最後の方はいつものカヲルの声であった。

その声に励まされたのか、徐々に自分を取り戻したレイは答える。

「・・・・碇君も連れて行っていい?」

ヒクヒク

「ダメ」

「・・・・ケチ」

こうして、カヲルの最大のライバルは排除された。
この展開、作者としては不本意である。必ず再登場させてあげよう。

 


続きを読む
メニューに戻る