1998,01,26


渚の英雄伝説 −第23話−

おかえり、マヤちゃん


 

レンテンベルグでの足止めが功を奏し、ゼーレの面々はガイエスブルグ要塞に逃げ込むことに成功していた。
そして、ここは要塞に係留されたリツコの船。
一人、艦橋で通信機に向かうリツコ、画面には”SOUND ONLY”の文字が浮かぶ。

「そう、あの子がいなくなったの?」

受話器を使用しているため残念ながら話相手の声は聞こえない。

「心配いらないわ、マヤだってもう子供じゃないんだから。一人で帰って来るくらいできるわよ」

「ええ、多分そうね。だから、もうそんなに泣かないで。”潔癖ミュラー”は諦めなさい」

「また連絡するから、それじゃあ切るわよ」

そう言って受話器を置くと、深いため息をつく。
白衣のポケットからタバコを取り出し火をつけようとしたところで、その動きが止まる。
突然、背後から抱きしめるように延びてきた腕に止められたのだ。

「誰と電話してたのかな、りっちゃん」

耳元で囁かれる声。

「・・・加持君ね、別にたいした相手じゃないわ」

リツコは声の主を振り返ろうとしない。まだ火をつけていないタバコをポケットに戻す。

「いつものキリフダってやつかな?」

「何かの伏線にならないかと思って、ただそれだけよ。深い意味はないわ。作者だって、何も考えてないもの」

(確かに考えていない)おいおい

リツコの泣きぼくろに手を延ばす加持。

「悲しい恋でもしてるとか・・・まさかな・・・一回り以上も離れてるし」

涙の通り道に沿って指を滑らせ、おとがいに手をかけると、そっとその手を引く。
手の動きに合わせて、リツコの顔が加持の方へと引き寄せられる。

リツコと加持の視線が絡み合う。だがリツコの視線は厳しい。年齢を話題にしたことは失敗である。

そのまま、しばらく見つめあう二人。

先に視線をそらしたのはリツコ。そして、その視線は加持の背後にいるミサトに向けられていた。

 

「何やってんのよアンタたち!!」

腕組みするミサト。まるで浮気の現場をおさえたかのような剣幕だ。

「そう言うあなたこそ、どうしたの。今は戦力の再編成で忙しいんでしょ」

固まっている加持は無視して椅子から立ち上がるリツコ。

「そうなんだけどね。その忙しい中、人がせっかくいい知らせを持ってきてやれば」

加持に鋭い一瞥を投げつける。加持の石化はまだ解けていない。

「いい知らせ?」

「そ、マヤが帰ってきたの。さっき通信が入ったわ。もうすぐここに着くって」

「そう」

先ほど引っ込めたタバコを再び取り出し火をつける。

「そうって、リツコ。あなたそれだけなの」

フーと一筋の煙を吐き出し、しばらく遠くを見つめる。そして、スタスタと歩き出す。

「あ、ねぇ、どこ行くのよ」

あわてて後を追うミサト。

一人ブリッジに取り残される加持。

「ふー助かった。持つべきモノはああいう思わせぶりな演技が得意な親友だよな。恩にきるぜ」

 

 

マヤの乗るシャトルが、ドックに入港する。出迎えたのはメガネとロン毛。とりあえず花束も用意した。

「ご生還、おめでとうございます。伊吹二尉」

ビシっと敬礼してみせるロン毛。メガネはひきつった愛想笑いを浮かべている。

しかし、そんな二人には目もくれず、ズンズンと先を急ぐマヤ。

ガイエスブルグ要塞は初めてのはずなのに、その足取りには迷いがない。
目指すなにかに向けて着実に近づいていく。本人にもそれが感じられるようである。

マヤが目標を発見したのは、その数分後。広大なホールであった。
壁にかけられた垂れ幕には『祝、マヤちゃん生還』の文字が踊る。

マヤの無事を喜ぶゼーレの面々。その表情は皆ぎこちない。
彼女を捨て石にして、自分たちだけが助かるつもりだったのだから。それが、まさか自力で帰ってくるとは。

「先輩!!」

そんな周囲の連中には目もくれず、自分の目標に向けて駆け出すマヤ。
その勢いはリツコに近づくにつれて加速していく。まさに全力疾走である。

「ATフィールド」

リツコの言葉と同時に目に見えない壁が、マヤの行く手を阻む。勿論、目に見えない為、マヤには回避不可能。
トップスピードで壁に激突し、ゴンという派手な音をたてて跳ね飛ばされる。

「リツコ、あなた、使徒?」

驚きの声をあげるミサト。

「冗談よ。単なる強化ガラス」

そう言って、コンコンと壁を叩いて見せる。

それでも、ミサトの目は点になったままだ。周りを見回すと、誰もがミサトと同じような表情を浮かべている。
床にはヒクヒクと痙攣しているマヤ。

「だって、あんな勢いで突っ込まれたら危ないじゃない。ナイフでも持ってたら立派な鉄砲玉よ」

唖然として見守る周囲の視線をよそに、床に倒れているマヤに歩み寄る。
手早くボディチェックを済ませ、武器、暗器等を所持していないことを確認する。

「どうやら、殺意があったわけじゃなさそうね」

マヤの顔をのぞき込むリツコ。

ぼんやりとマヤの視界が金色のカゲをとらえる。鼻腔をくすぐる匂いが、そのカゲの正体をマヤに教える。

「先輩?」

弱々しい声をあげて確認するマヤ。

「いいのよ、マヤ。今はゆっくり休みなさい」

安心させるかのように、優しくマヤの手を包む。幸せそうな微笑みを浮かべて、そのまま意識を失うマヤ。

「お帰り、マヤ。こんなになるまで頑張って、よく帰ってきたわね」

マヤの笑顔につられたかのように顔をほころばせるリツコ。

「さっきまでは、もっと元気だったよな」(メガネ談)

「べつに頑張ったからああなったわけじゃないと思うけど」(ロン毛談)

周囲の感想をよそに、マヤを抱き上げて医務室へと運ぶリツコ。

「安心しなさい、マヤ。どんなケガでも、この薬さえあれば一発で直るから」

リツコはおっちょこちょいで、いつもケガばかりしているマヤが好きだった。
勿論、治療の名目で怪しげな薬を思いっきり投与することができるからである。

「レイよりも反応がわかりやすくて助かるわ・・・」(リツコ談)

(あのまま帝国にいた方が良かったかもね。まぁ、本人が幸せならそれでいいか)

 


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