1998,01,20
渚の英雄伝説 −第22話−
−ブリュンヒルト−
レンテンベルグ要塞に深々と突き刺さった弐号機を、苦労して回収に成功したカヲル。もっとも、カヲルが呼びかけただけで、ヒョイヒョイとカヲルの後を弐号機がついてきたという目撃者の証言もあるが、残念ながら記録には残っていない。
指揮シートに座るカヲル、斜め後方にはレイ、前方にはシンジとヒカリが並ぶ。
シンジの隣には弐号機から回収された包帯グルグルのアスカ。
ヒカリの隣には、これまた包帯グルグルのトウジがいる。
「無事だったんだね、トウジ」
一時はあきらめてかけていたトウジの生還に、涙を浮かべるシンジ。
「アホかい、この姿を見て、どこが無事だと思うんや」
トウジの負傷はオフレッサーにやられたものではない。巨体の下敷きとなり、早々に気絶したトウジはかえって軽傷ですんだのである。
しかし、そのまま第6通路でのびていた彼は、その後アスカストライクに巻き込まれ重傷を負っていた。
「味方が暴れてどないするっちゅーんや」
「ごめん、トウジ。あれは僕がやったんだ。僕がトウジを傷つけたんだ・・・」
「暗いでぇ、センセ。そんなもん、気にしてもしゃーないやないか。ワシはこーして生きてるわけやし」
「でも・・・殴って気がすむんだったら、僕を殴ってくれ」
「怒るで、ほんまに。ま、それでセンセの気がすむんやったら、傷がなおったら思いっきりいかせてもらうわ」
「うん」
そんな二人のやりとりをジト目でにらむアスカ。
「バカシンジ、わかってるでしょーねアンタ。アタシも一発いかせてもらうからね」
「え、どーして?」
心底驚いた様子のシンジ。
「あんたバカ、アタシも包帯グルグルになってるでしょーが。アンタのせいだからね」
「そんなー、あれはアスカがATフィールドを張るのがおくれたからじゃないか」
「誰のせいで遅れたと思ってるのよ」
「僕のせいなの?」
レイに目をやるシンジ。視線を合わせないレイ。
「みーんな、アンタが悪いんだから」
「ちぇっ、なんだよそれ」
「平和だねー」
カメラ片手にケンスケがつぶやく。彼も第6通路にいたはずだが、ケガ一つせずに帰ってきた。
それだけカゲが薄いということか。
そんな、どこにでもある?学園風景??の1コマを演じる彼らの前に、オフレッサーが運び込まれる。
勿論、その中から発見されたマヤも一緒に連行される。
「こりゃまた、エライべっぴんさんやな」
トウジのコメント。
「鈴原、敵に向かって何バカなこと言ってるのよ」
ヒカリのローキックがトウジの右足をエグる。単純骨折から複雑骨折にパワーアップするトウジ。床を転がりまわり、全身で喜びを表現する。
「あなた誰?」
レイの尋問。
「私は・・・、あのー・・・、えーと・・・、そうだ、私は人造人間オフレッサーのパイロット、伊吹マヤです」
・
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しばしの沈黙
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「どうして、そういうこと言うの?」
「え、だって私、ほかに役がないから。やだ、うけなかった・・・」
レイの冷たい視線に愛想笑いで応えるマヤ。
「そう、あなたには他に何もないのね」
「うっ、やだなー、そんな真面目な顔で言われると、お姉さん悲しくなっちゃう」
レイはちょっとブルーの入ったマヤから、オフレッサーに視線を移す。
「絆なのね。あなたには、他に何もないから」
レイの言葉にさらに沈んでいくマヤ。
「痛いでしょ、心が痛いでしょ。この気持ち、あなたにも分けてあげる」
調子にのって精神汚染を始めるレイ。落ち込むマヤに同情したのか、カヲルが助け船を出す。
「痛い?それはちがうな、レイ。それは寂しいっていうんだよ。そして、それは全てレイの心でもあるんだ」
「寂しいのは、わたし?」
カヲルの返し技にあっさり自爆するレイ。そのままフラフラとブリッジを後にする。
弐号機回収を押しつけられた事を、ちょっと根にもっていたカヲルであった。
「さて、大丈夫かい、マヤちゃん」
爽やかな笑顔を向けるカヲル。思わず見とれるマヤ。
「君さえよかったら、僕たちの所へこないかい」
マヤがその言葉の意味を理解するよりも早く、横から口を出す者がいた。
「ちょーっとまったー、アンタ正気なの。コイツのせいでアタシはこーんな大怪我したんだから」
カヲルに詰め寄ったのはアスカである。
「さっきはシンジ君のせいだって、言ってなかったかい?」
「それはそれ、これはこれよ。ほら、バカトウジ。あんたも何か言ってやりなさいよ」
包帯グルグル仲間のトウジに話を振る。
「んー、なんや惣流。ワシは別にかまわんでぇ。きれーなお姉さんは好きやからな」
アスカの予想以上に学習能力が欠落しているトウジの一言。
ヒカリのローが再びトウジを襲う。複雑骨折から粉砕骨折にグレードアップ。先ほどよりも更に激しく喜びを表現するトウジ。
「バカは死ななきゃ直らないか」
トウジのバカさ加減に、怒る気力をなくしたアスカ。
「問題ないようだね。それじゃあマヤちゃん。話を戻すけど、君が一緒に戦ってくれると、僕はうれしい」
美形の口説きにメロメロのマヤ。頭の中では天使カヲルと悪魔リツコのハルマゲドンが展開されている。圧倒的にカヲルが優勢である。
その雰囲気を察知したのか、シンジが口を開く。
「ここで僕たちの仲間になってくれるんだから、ちょっと早いけどファーレンハイト中将になるのかな?」
「いや、マヤちゃんにはミューラーをやってもらう」
シンジの想像をあっさり否定するカヲル。だがシナリオでは敵から味方になるのはファーレンハイトだったはず。
納得のいかないシンジはカヲルに文句を言おうとした。
その時、いつもとはちょっと違うカヲルの笑顔から、シンジはある仮定を導く。
「まさか、カヲル君。伊吹さんを仲間にしたいのは、『潔癖、ミューラー』とか言わせたいたいだけなんじゃ・・・」
シンジの一言に凍りつくカヲル。
図星だったらしい。
ブリュンヒルトのブリッジに一陣のすきま風が吹いた気がした。
「あのー、私はこれで失礼させていただきます」
そそくさと退場するマヤを止める者はいなかった。