1998,01,13
渚の英雄伝説 −第21話−
−弐号機エントリープラグ−
「またこれに乗ってる、別にいいことなんか全然ないのに」
エントリープラグの中で膝を抱えるアスカ。外部の映像を表示するモニターには、ただ黒い壁が映るのみ。
「せまいし、暗いし、やたらと寒い。ねぇ、誰か聞いてる。アタシに何をやれっていうのよー」
突然モニターの隅にウィンドウが開く。そこには、いつもと変わらぬ表情のレイ。
『本作戦における各担当を伝達します。碇君はブリッジで砲手を担当、あなたは弐号機で砲弾を担当して』
「何よそれー、砲弾てどういうことよー」
新たなウィンドウが開き、カヲルの映像が表れる。
『砲身に装填された弐号機をN2爆弾で加速して、レンテンベルグ要塞に向けて発射するのさ』
『要塞攻略の為の秘密兵器。予定ではガイエスブルグまで使うつもりはなかったけど、ここでテストも兼ねて撃ってみることにしたの。
作戦名は”アスカストライク”。これであなたも歴史に名が残る、良かったわね』
さらりと言ってのける。モニターに映っている黒い壁は砲身らしい。
「だーかーらー、何でアタシが砲弾なのよ。サーカスじゃあるまいし」
『それはね、アスカちゃんと弐号機のシンクロ率の方が高いからさ。本作戦では、より強固なATフィールドが必要だからね』
『碇君、弐号機はパイロットの根性が曲がっているため直進しません。その誤差を修正するのを忘れないで』
ブチ
「アンタに言われたくないわよ」
『正確に第6通路一点のみを狙撃するんだ。大丈夫、シンジ君にならできるさ』
「コラー、ちょっとはアタシの心配もしなさーい」
『それから、一度発射すると弐号機の回収、再装填などで次に発射できるまで時間がかかるから」
「それって成功するまで何度でもやれって言うこと・・・馬鹿シンジ、一発でキめないと、コロスわよ」
『シンジ君、今は余計な事を考えないで、敵を撃破することだけを考えるんだ』
『時間よ、じゃ、さよなら』
そう言い残して消えるウインドウ。後にはただ黒い壁が映されるのみ。何を言っても、再び回線が開くことはない。
「これってアタシ、大ピンチってこと」
頭を抱えるアスカであった。
−ブリュンヒルト艦橋−
ブリッジの砲手席に座るシンジ、緊張しているのが誰の目にもあきらかである。
「そんなに緊張することはないよ、さぁ、これを使うといい」
カヲルの言葉とともに、シンジの前に、ピストル型のトリガーがせり出す。
「うわー、これってなんだか懐かしいなー。宇宙戦艦って感じがする」
「気に入ったかい、シンジ君」
「うん、なんか気分がでるよ。ターゲットスコープ、オープンなんて言ってもいいかな」
「もちろん、そう来ると思ったよ」
トリガーに取り付けられた照準機に、レンテンベルグ要塞の姿が浮かぶ
「やったー、一度言ってみたかったんだ。 電影クロスゲージ、明度20。総員対ショック、対閃光防御」
はしゃいでいるシンジをいぶかしげに見つめるレイ。
「碇君、楽しそう。どうして?」
「だめだよレイ。ここでは黒いメガネをかけなきゃ」
懐からメガネをとりだすカヲル。訳のわからないレイも、ノってるシンジにつき合ってメガネをかける。
「N2爆弾だからエネルギーを充填できないのが悔しいけど、セーフティロック解除」
ガコンとN2爆弾が薬室に装填される。
「発射5秒前、4、3、2、1、波動砲、発射」
「波動砲じゃなくてアスカちゃんだけどね」
激しい閃光と、轟音を残して虚空に打ち出された弐号機は、目にもとまらぬスピードでレンテンベルグ要塞に突き刺さる。
「弐号機、ATフィールド全開」
小さな声でつぶやくレイ。
「綾波、そのセリフはもうちょっと早く言わないとダメなんじゃないかな? 要塞に突っ込む前に」
・・・・碇君につっこまれた、ちょっと悲しい、ちょっと嬉しい
セリフが遅れたのは、碇君につき合って対閃光防御をやっていたからなのに・・・・意地悪
−弐号機エントリープラグ−
突然、アスカを襲う閃光と衝撃。
目の前が真っ白になったかと思うと次の瞬間には真っ暗な宇宙空間が広がる。
さらに次の瞬間にはスクリーンいっぱいにレンテンベルグ要塞が迫る。
恐怖を感じる暇もなく要塞の装甲に頭から突っ込む弐号機。
「痛い、痛い」
ATフィールドを展開する余裕などあるわけもなく、ガンガンと装甲を貫く衝撃をモロに受ける。
狙い通り第6通路にそって深々と要塞にめり込む弐号機。
その勢いがおさまると、アスカは痛みをこらえて周囲に目を向ける。
『あんたなんか、あんたなんか、あんたなんか、あんたなんか・・・・』
目の前には、ブツブツと何事かつぶやく猫の着ぐるみがいた。
頭部を守っていた弐号機の右腕をのばし、猫の着ぐるみをその手に握るアスカ。
「こいつよ、こいつのせいでこんな目にあったのよ」
怒りと痛みで混乱する意識の中、アスカの右手にわずかに力がこもった。
バシュ
はじける人形
加えられた力に耐えかね、猫型装甲服の頭部がはずれる。
そして・・・オフレッサーの口からワラワラとあふれる出るダミープラグ。
弐号機の手を、指の間を、ワサワサと蠢く。
−ブリュンヒルト−
「アスカ、ねぇどうしたのアスカ、返事をしてよ」
シンジの呼びかけにも応えはない。
「どうやら気を失ってしまったようだね。でも目標をとらえることには成功したみたいだ、さすがはシンジ君だね」
マイクに向かうシンジの肩に、背後からカヲルがそっと手をかける。
「え、そんなことないよ。僕なんか」
うつむくシンジ。(当然顔が赤い)
「ふふ、謙遜することはないさ。これもみんなシンジ君の正確な射撃の腕前があってこそだよ。そう思うだろ、レイ」
勿論そう思っているのだが、シンジの肩に置かれたカヲルの手が気になるレイ。なんとかその手を排除する方法を懸命に模索する。そして・・・
「作戦終了。碇君、お疲れさま。後は自室でゆっくり休んで」
さりげなくシンジを誘導することにした。
「そう、じゃあそうするね」
言われるがままにブリッジを後にするシンジ。人の言うことには素直に従う性格はそのままである。
カヲルの手からシンジを逃がすことに成功し、ちょっと満足したレイ。
しかし、シンジがブリッジから消えてしまうという結果は、自分には何もメリットがないことに気づき自爆する。
「自分が何を考えているのかよくわからないんだね、レイ。その不器用さは好意に値するよ」
見上げれば、優しく微笑むカヲルがいる。
「カヲル・・・弐号機の回収、頼んだわよ」
それだけ言い残しブリッジを後にするレイであった。