1998,01,07
渚の英雄伝説 −第20話−
−レンテンベルグ−
「ダミープラグ起動」
黒色ジャージ騎兵にフクロにされるオフレッサーの中で、マヤはリツコの声をきいた。
オフレッサーの中の照明の色がなぜか切り替わる。
「何?」
キュイーン
妙な作動音がマヤの頭の上の方から聞こえてくる。
不安と同時に感じる違和感。
体中を何かが這いずり回るような不快感。
いくつもの黒い影がマヤの視界をよぎる。
「いやああぁぁ!」
−エンタープライズ−
「オフレッサー、再起動。敵を蹴散らしていきます」
見たまんまを報告するオペレーターA。
「まさか、暴走」
モニターの中で暴れ回るオフレッサーを食い入るように見つめ、ミサトがつぶやく。
「勝ったわね」
かすかに唇を歪めるナオコ。
「これが、ダミープラグの力なの、ダミープラグって、いったい何なのよ」
ミサトの問いかけに、怪しい笑みをうかべるリツコ。おもむろに白衣のポケットから小さな瓶をとりだす。
「これがダミープラグの正体よ」
ミサトの目の前に瓶を突きつけるリツコ。
「うげ、それってゴキブリじゃない」
目の前の物体が何であるか確認し、顔をしかめる。
「そう、たとえサードインパクトをもってしても絶滅させることはまず不可能。彼らこそ、まさに究極の生物と呼ぶにふさわしい。
この色、このツヤ、そして、この洗練されたフォルム。どこから見ても美しいわ・・・」
「リツコ、あんたの白衣って、いつもそんなものが入ってるわけ?」
「ダミープラグの生産工場はもっとすごいわよ、水槽いっぱいの・・・・」
「やめやめ、想像するだけで吐き気がするわ。でも、それがダミープラグの正体ってことは・・・」
モニターを見つめるミサト。そこには、何かに取り憑かれたように暴れ回るオフレッサーの姿。
「入れたのね、オフレッサーの中に」
「もう誰も、彼女を止めることはできないわ」
・
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62秒経過
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・
「オフレッサー、活動を停止しました」
相変わらず、見たまんまのオペレーターA。
「もう息があがったの、走り込みが足りないわよ、マヤ」
「あれだけ暴れりゃ、疲れもするわよ。パイロットの様態は?」
「パイロット意識不明、心音微弱、あっ心臓停止しました」
「心臓マサージ、急いで」
ミサトの指示で行われる緊急蘇生措置。何度目かの電気ショックで、ようやくささやかに活動を再開するマヤの心臓。
「心臓マヒだなんて、日頃の運動不足がたたったわね」
「ちょっとリツコ、運動不足とかそういう問題? でもパイロットが動けないんじゃ、作戦はここまでね」
ミサトのつぶやきに、ナオコが再び口を開く。
「りっちゃん、遠隔操作とかはできないの?」
「戦闘は無理よ」
「じゃあ、動かすくらいはできるのね?」
「ええ、でも、それだけよ」
リツコの答えに、ニヤリと笑みを浮かべるナオコであった。
−ブリュンヒルト−
ケンスケから送られてくる映像の中、彫像のように直立するオフレッサー。
周囲には、蹴散らされた黒色ジャージ騎兵のなれの果てが通路に散乱している。
その映像を見つめるブリッジの面々、スクリーンの正面には固まったまま動かないヒカリ。
彼女に声をかけることのできる者など、誰もいなかった。
ドサリ
「ヒカリ!」
意識を失い床に崩れ落ちるヒカリに、あわてて駆け寄るアスカ。
医療スタッフを呼び、とりあえず医務室に送る。
「渚英伝らしくないヘビーな展開だね、このまま話をすすめていいのかな?」
「もともとはカヲル君が攻め込むって決めたんじゃないか。これ以上の犠牲を出してまで、攻略する価値なんてあるの?」
「でも、ここで兵を引いたんじゃ、死んだバカトウジも浮かばれないわよ」
「死んだの?」
「アスカも綾波も、まだトウジが死んだって決まったわけじゃないんだから、そんな悲しいこと言うなよ」
その時、スクリーンのオフレッサーが動き出す。
『聞こえる、銀髪の小僧と口の悪い小娘。姉弟そろって色仕掛けであの人をたぶからし、与えられた数々の厚恩を忘れ帝室に仇なす使徒モドキ。あんたらなんか死んでも代わりはいくらでもいるのよ。せいぜい、ひ弱な中将さんにでも血道をあげるのがお似合い−−−−』
事がシンジに及ぶや否や、カヲルとレイの赤い瞳が怒気を含んで燃え上がる。
「マリーンドルフ伯惣流アスカ」
初めて聞いた、語気荒いカヲルの言葉に面食らうアスカ。
「なによ」
「出撃、これ以上あのバーサンの好き勝手に言わせておくことはできないもの」
「あんたねぇ、あんな化け物相手にどーしろって言うのよ」
「いやなのかい?」
「いやよ」
「そう、でもダメ。もう遅いわ」
バタン
アスカの足下の床が割れる。
「いやー!またこれなのー」
ドップラー効果を実証させながら遠ざかるアスカの悲鳴。行き着く先は勿論エントリープラグである。