1997,11,30


渚の英雄伝説 −第17話−

己の価値は



ガイエスブルグ要塞へと逃げる賊軍(ゼーレ)を追うカヲル達の目の前に、ちっぽけな石の塊が浮かんでいる。
その石の塊はレンテンベルグ要塞という名で呼ばれていた。

数日前の前哨戦で、駐留艦隊の戦力は壊滅させてある。
本来ならこのような路傍の小石など無視して、敵の本拠地であるガイエスブルグ要塞を目指すべきである。

しかし・・・

「全力をあげてレンテンベルグ要塞を攻略する」

怒りの為か、多少震える声でカヲルの決断が下った。
スクリーンに映るレンテンベルグ要塞の表面には、大きくこう書かれている。

ホモ元帥

先ずはミサトの作戦が功を奏したようだ。


−エンタープライズ−(16時間前)

照明の落とされた薄暗い部屋の中、マヤは一人でたたずむ。
足元の床に埋め込まれた大きなスクリーンには、レンテンベルグ要塞が浮かんでいる。
数隻の工作艦が要塞の表面に取り付き、何か作業を開始しようとしているところのようだ。

プシュ

突然、正面の扉が開く。
部屋の外から差し込む強烈な光の中から、2つの人影が近づいてくる。 マヤがよく知っている白衣を着た女性、もう1つは軍服を着た女性のシルエット。
扉が開けっぱなしのため、逆光となって2人の表情はよくわからない。

「作戦を説明します。敵はレンテンベルグ要塞の中央にあるリアクターを目指して侵攻してきます。そこで、敵の予想侵攻ルートにオフレッサーを配置、これを殲滅します。何か質問は?」

「いきなりミサトらしいアバウトな作戦ね。それで、予想される敵の侵攻ルートっていうのは?」

「ここ、第六通路よ」

床のスクリーンに映るレンテンベルグ要塞の画像がワイヤーフレームの構造図に変わる。要塞表面から中央部へ伸びる1本の通路が赤く点滅する。

「一応、聞いておくけど、このルートを選んだ根拠は?」

「ふっ、女のカンよ」

「予想通りの回答ね・・・あとはオフレッサーの性能しだいか・・・」

「あのー、もし敵の侵攻ルートが予想と違った場合はどうなりますか?」

ここで初めてマヤが2人の会話に割り込む。

「その時はアウト」

「敵が、複数のルートを同時に侵攻してきた場合は?」

「その時もアウト」

「そんなぁ・・あの・・じゃあ、この作戦の成功確率は?」

「神のみぞ知るって所かしら?」

「先輩!いいんですか、こんないいかげんな作戦で。何とか言ってやって下さい!」

「ミサトのたてる作戦なんて、いつもこんなものよ。同盟相手では、これで連戦連勝だったんだから、ま、あきらめるのね」

「納得できません・・・本作戦の戦略的意義を教えて下さい。ゼーレの基本戦略はガイエスブルグ要塞に戦力を集中して、一気に反撃することになっていたはずです。ここでの戦いは、いたずらに戦力を消耗するだけで、なんの意味もないと思います」

「マヤちゃん、あなたは命令された通りに作戦を遂行すればいいのよ」

「作戦開始と同時に、本艦は全速でこの空域を離脱。ガイエスブルグ要塞に向かうことになってるわ」

「ちょっと、リツコ」

「えっ、それって、どういうことですか?」

リツコの横やりに頭をかきながら、ミサトが難しい顔で答える。

「敵の追撃が予想以上に早かったのよ。このままではガイエスブルグに逃げ込む前に、敵に捕捉される可能性が高いの」

「ま、早い話が時間稼ぎね。そういう事だから、頑張ってね。マヤ」

「・・・・」

あまりの事に言葉もでないマヤ。呆然と2人を見つめる。
その時、2人の背後から、新しい人影が現れる。

「あっ、日向さん、それに青葉さん。いい所に来てくれました。先輩たちが、私に死んでこいって言うんですよ。ひどいと思いません?」

しかし、やはり逆光でマヤには2人の表情が見えない。

(伊吹二尉、あなたのことは忘れません)
マコトの中で、マヤはすでに過去の人となっていた。

(マヤちゃん、初めて俺の名を・・・)
もう一人の心の中は、だいぶ揺れ動いてるようだ。

ガシ

「えっ、何ですか?」

両側から2人の男に腕を組まれるような格好にマヤは戸惑う。

「日向さん? 青葉さん?」

(伊吹二尉、あなたの尊い犠牲は、決して無駄にはしません)

(ああ、2回も、2回も俺の名を・・)

出口へとマヤを連行する2人。顔が光の方を向いたことで、初めて2人の表情を見ることができたマヤ。
涙を流しながらも、悟りきったおだやかな表情のメガネ。すっかり自己完結している。
一方、苦悩の表情を浮かべるロン毛。
マヤの生存本能は、メガネを使徒と認定。ロン毛を最後の福音とする。

「青葉さん、ねぇ青葉さん。私をどこへ連れて行く気ですか?冗談は止めてください」

(マヤちゃん、君だけだ。俺の名前を呼んでくれたのは。それなのに、俺は・・俺は・・)

「(よし、もう一息!)青葉さん!」

(青葉・・それが俺の名前・・マヤちゃんだけが呼んでくれたんだ。
だから言うんだ・・彼女のために・・「僕が乗ります」って。

だけど、まだ俺は死にたくない・・生きていたい・・でも・・

マヤちゃんを犠牲にして、自分を”青葉”と認識してくれた存在を見殺しにして、それで生き続けたとして何の価値があるって言うんだ。
言え、青葉!・・彼女に代わって・・俺が・・俺は・・













俺はロン毛でいいんだー!ごめんよマヤちゃん)

マヤの目の前で勝手に解脱したロン毛。もはやその表情に一点の曇りも無い。
最後の福音が失われたことをマヤは理解した。



−ブリュンヒルト−

綾波レイ・フォン・オーベルシュタインの私室。
制服のままベッドにうつ伏せに横たわり、彼女は自分の世界に思いをめぐらせる。

最近、私、出番ないの・・・

どうして・・・

この物語の主役は私のはずなのに・・・

ヴェスターラント・・・そんな言葉、まだ知らない。


一方、ここはジークフリード碇シンジの私室。

「本当は僕が主役のはずなのに・・・ガイエスブルグ・・・初めてなのに、初めてじゃない感じがする」

同じ頃、マリーンドルフ伯惣流アスカの私室。

・・・以下省略


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