1997,10,30


渚の英雄伝説 −第14話−

ゼーレ、塊なのさ



−帝国中央病院 第3外科病棟−

コンコン。入り口の方からノックの音がする。続いてプシュと短くドアの開く音。更にコツコツと堅い軍靴の足音が近づいてくる。

視界に入ってきたのは、見たことのある姿。線の細い、まだあどけない少年の顔、それに不釣り合いなほど立派な軍服。

「あのー、大丈夫?」おずおずとたずねる声。

「なんだ、アンタか」

ベッドに横たわるのはマリーンドルフ伯惣流アスカ。右手は骨折のためギプスで固められており、右目にも眼帯、頭には包帯が巻かれている。

「爆弾テロに巻き込まれたんだって?災難だったね」

シンジの心配そうな声に対し、馬鹿にしたような声で答える。

「アンタ、なんにも知らないのね」

「え、何を?」

「アタシがここで寝ている理由よ」

「だから、反皇帝派がカヲル君を狙った爆弾テロに巻き込まれたんだろ?TVのニュースでもそう言ってたし」

「お気楽なやつ・・・ところで私と一緒にもう一人担ぎ込まれてこなかった?アイツはどうしたのよ?」

「アイツって、カヲル君のこと?」

「そうよ。アイツ、私をおいて一人で逃げ出したのよ、信じられる?でも結局、一緒に吹っ飛ばされたんだけどね。アイツもやっぱりここに入院してるわけ?」

「たぶん今頃は反皇帝派討伐の勅命を受けてる頃かな?カヲル君はぜんぜんケガしなかったんだ」

「なんでよ!」

「シトだからねー」

その時、プシュと短くドアの開く音。固い軍靴でもほとんど足音をさせることなく入ってきたのは青い髪の少女。つかつかと赤い髪の少女が横たわるベッドに近づく。青い瞳と赤い瞳の間に、傍目でもはっきりとわかる緊張感が急速に高まる。2人の少女に挟まれて硬直するシンジ。

先に動いたのはレイ。ポケットからメモを取り出し淡々と読み上げる。

「明日、午前0時より発動される作戦のスケジュールを伝えます。碇、惣流の両名は本日1730、ケージに集合。1800、出動。同30、帝国第一宙港に到着。以降は別命あるまで待機。明朝、日付変更と同時に作戦行動開始」

「アンタ馬鹿ぁ。シンジはわかるけど、どーしてこのアタシまで呼ばれなきゃいけないのよ。アタシは怪我人なんだからね」

「これ、新しいの」

そう言ってレイが投げてよこしたのは赤いスーツの入った袋。アスカの頭にカストロプでの悪夢がよみがえる。

「また、アレに乗れっていうの?」

「ええ、そうよ」

「アンタはアレに乗って戦艦の主砲をくらったことないからそんなこと言えるのよ。痛いし、熱いし、死ぬかと思ったわ」

「それでも死ななかったのね。あの防御力は戦力になるわ」

「戦力になるわって・・」

「60分後に出発よ」

クルリと2人に背を向け、扉の前まで行くと後ろも見ずに言う。

「じゃ、カヲルと私はケージで待ってるから、さよなら」


「何よ、あの女。自分の言いたい事だけ言っちゃってサ。ちょっとシンジ。あんたも何ボーっとそこに突っ立てるのよ?」

シンジの心は平静ではなかった。今までレイに、こうもその存在を無視された記憶がなかったから。彼女の瞳は、この部屋に入ってからただの1度もシンジに向けられることはなかったのだ。焦るシンジ。何か彼女の気に障るような事をしたのか?ロッカーの中での出来事を彼は覚えていない。あの時何かあったのだろうか?シンジの心は揺れる。


背後で閉まる扉。真っ白な廊下を歩く白い肌の少女の心は乱れていた。

碇君

どーしてあの女のお見舞いに行ったりするの

何を楽しそうに話していたの

私が行ったらなぜ黙るの

あの女

碇君のことをシンジと馴れ馴れしく呼ぶイヤな女

・・シンジ・・

心の中でそっとつぶやく。自分が心の中で呼んだ名前の響きに戸惑うレイ。廊下を一人歩きながら顔が赤くなる。やっぱり自分には碇君という呼び方の方がしっくりくる。それでも、もう一度心の中でつぶやく。

・・シンジ・・

真っ白な廊下を歩く少女。普段は白いその肌が、今は赤く染まっている。その表情たるや、幸せを通り越しアブナイ領域に踏み込んでいる。

ゴン

突き当たりの曲がり角で壁に思いっきり頭をぶつけるレイ。しばらくそのままの姿で固まる。・・・10秒経過・・・何事もなかったかのように歩き出す。後に残るのはおでこのタンコブと壁のヒビ。

これもみんな、あの女が悪いのよ。ケガ人だからって甘えた事は言わせないわ。それにあの包帯の巻き方、全然なってない。

包帯にはかなりのこだわりがあるようだ。その時、ふとある事に気づく。

私、まだ巻いてない

悔しかった、自分だけのものだと思っていた包帯グルグルを、先にあの女にやられたことがとても悔しかった。しかも、その姿をシンジに見せている。その姿を心配してもらっている。更にはお見舞いまでされている。

許さないわ・・・絶対に。

レイは燃えていた。アスカを包帯グルグルにしたのが自分であることを忘れて。


−帝国第一宙港−

総旗艦ブリュンヒルトに乗り込もうとするカヲルをヒカリが呼び止める。カヲルのいぶかしげな視線を受けて、顔を赤くするヒカリ。

「公称?」

「ハイ、反乱軍では自由惑星同盟との区別がつきません。公文書に載せる敵の公称を決めないと・・・」

ほんの少しの間考えたカヲルは、悪戯を思い付いた子供のような笑顔で答える。

「ゼーレ、というのはどうかな?」

「ゼーレ?ですか?」

「そう、全宇宙に向けて発信するんだ、我々の敵はゼーレだと」

「ゼーレ・・なんだか全人類の敵って感じがします」




−USSエンタープライズ号(リツコの船です)−

「ゼーレ?人に悪の秘密結社みたいな名前付けて。ふざけんじゃないわよ、あの腐れシト」

ゲシゲシとブリッジのコンソールに蹴りを入れるミサト

「止めなさい、ミサト。船が壊れるわ」

冷静な反応を見せるリツコ。眼鏡の奥の瞳は、光の反射具合で見ることができない。

「ゼーレ、悪の秘密結社、人類の敵。そして世界征服の野望に憑かれた孤高の天才科学者。ああ、燃えるシチュエーションだわ」

「りっちゃん、わかるわよその気持ち。世界征服こそ科学者のロマンよね」

「この親にしてこの子ありね」

呆れ顔でつぶやくミサト。

「カエルの子はおたまじゃくしか」

「ちょっとカジ。つまらないボケかまさないで」

「ゼーレ、私は納得できません」

「ゼーレ、この魂を揺さぶる響き。銀髪の小僧にしては良いセンスだ。今は礼を言わせてもらうぞ」

不満顔のマヤ。涙を流して感動に打ち震えるキール。

「ゼーレっスか、まぁ、俺達には関係ないっスよ」

「少尉・・・副官・・・葛城さん・・・」

様々な思いを飲み込んで船は行く。一路ガイエスブルグを目指して。


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