1997,10,04


渚の英雄伝説 −第11話−

アスカの件





−ローエングラム伯元帥府−

カヲル、レイ、シンジの3人は、ある報せが来るのを待っていた。

「うまくいくかな?」

不安そうな声で誰にともなく問いかけるシンジ

「大丈夫、シンジ君がやってくれた情報操作は完璧だったよ。マスコミは今にも内戦が起こりそうな意識を煽ることに成功した。何かひとつきっかけがあれば、雪崩のように物事は進むよ。後は慌てたお調子者が、この餌に食いついてくれるのを待つだけさ」

「そうかな・・・」

カヲルの言葉に顔を赤くし照れるシンジ。
そんなシンジを複雑な思いで、無表情に見つめるレイ。
シンジが誉められるのは嬉しいのだが、相手がカヲルとなると素直に喜べない。

ダン、ダン

レイの物思いを断ち切るように、執務室に響く荒々しいノックの音。
続いて中に入ってきた人物はウォルフガング洞木ヒカリ。いつもの彼女からすれば、かなり慌てているようだ。

「どうやら、待っていたものが来たようだね」

ヒカリに微笑みかけるカヲル。一瞬、その微笑みに我を忘れ見入ってしまうヒカリ。
顔を赤らめるとあわてて姿勢を正す。

「報告します。自宅にて療養中のマリーンドルフ伯をロストしました」

ピクン

先に反応したのはシンジだった。
彼女のおかげで、死んだ母さんとお花畑を一緒に歩くという臨死体験なるものを経験するハメになった記憶はまだ新しい。

いささか自分の思惑とは違う出来事に戸惑うカヲル。

「彼女は要注意人物として、護衛も監視もつけていたね。それに屋敷には警備の装甲擲弾兵まで駐屯させていたはずだけど」

「すべて突破されました」

「彼女のその後の足取りは?」

「申し訳ありません。今のところ、まだ・・・」

「まぁ、想像はつくけどね」

ピクン

カヲルの声に不吉なものを感じて反応するシンジ。

「たぶん、ここに来るだろうね」

その言葉を死刑宣告のように受け取るシンジ、すでに涙目である。



 照りつける午後の陽射しをものともせず、スカートを颯爽と風になびかせ元帥府の正門前に立つマリーンドルフ伯惣流アスカ。

「さーてっと、どーやってあのホモ元帥に取り入ってやろうかしら?これが並の男なら話は簡単なのよね。このアタシがちょーっと甘い顔してやれば喜んで下僕になるんだけど・・・でも相手がホモじゃね」

とか言ってる間に、誰に咎められる事もなく1階入口の大きな扉の前まで来てしまう。

「おっかしいわねー?元帥府って、こんなに誰でもヒョイヒョイ入れる所なのかしら?」

あたりをキョロキョロ見回して見るが、受付らしいものもない。仕方ないので扉に手をかけ、元帥府内部に侵入。

「よー来たのワレ。待っとったで」

見ると部屋の中央に腕組みして立つジャージ男の姿。

「うわっ、最低!何その格好」

「人を見て最初にソレかい」

「他に言いようがあると思ってんの?とにかく私は元帥に用があるんだから。邪魔よ、そこをどきなさい」

「アホかおのれは、どけぇ言われて素直にどくと思っとんかい。お前がここに来るいうんは最初からわかっとったから、こーしてワシが出迎えてやってるんやないか」

「あんたバカぁ?このアタシに歯向かおうっての、ケガするわよ!」

「望むところや。女ぁ殴るんは趣味やないが、ワシはお前を殴らなアカン。殴なら気が済まへんのや。いくでぇ!」

アスカに向かい駆け出すトウジ。

「オオ−リャアア−」

トウジの拳がアスカの顔面を捉えようとした刹那、流れるような動作でトウジの横に回り込むアスカ

「惣流脚!」

左の回し蹴りがトウジの顔面にカウンターで炸裂、間髪を入れずに今度は右の回し蹴りが後頭部を襲う。顔から床に倒れ込むトウジ

「フン、口ほどにもないわね」

足下に転がるトウジを見下ろすアスカ。

「アホな、このケリは天才・・・」

ゴス!
ヒールがトウジの後頭部にめり込む。

「いいの、私は天才なんだから」

Vサインなど作って勝利の余韻にひたるアスカ。

「いっけなーい、今日はこんな事しに来たんじゃなっかのにー。それと言うのもいきなり突っかかってきたアンタがいけないんだからね」

ゲシ!
とどめのトゥキックを脇腹に叩き込む。もはやトウジはピクリともしない。



アスカ侵入の報せを受けたシンジは、とにかく身の隠せる場所を探す。
『今度会ったら必ず殺される』
シンジはそう確信していた。


「あなたは死なないわ」

はっとレイの方を見るシンジ。

「シンジ君は僕が守って見せるよ」
「・・・わた」

レイの言葉をさえぎるようにカヲルが言う。

「ありがとう、カヲル君」

カヲルの言葉に、やや安心したような微笑みを見せるシンジ。


私のセリフなのに
私のセリフなのに
私の決めゼリフなのに
  ・
  ・
  ・
  ・
溜めすぎ、私の悪い癖


「レイ、君はシンジ君をバックアップ」

「命令がなくてもそうするわ」

「残念だったね、レイは僕の命令でシンジ君を守るのさ。例えレイが何をやっても、それは全て僕の命令で行ったこと。つまりシンジ君を守るのは僕ってことさ」

カヲルは勝ち誇ったように宣言する。対するレイの顔はいつにもまして無表情。小刻みに震える肩が、レイの怒りを物語るのみ。

「私は碇君を守ればいいのね」

「そう、僕の命令でね」

「・・・碇君、こっちよ」

レイの指さす方向には、人一人が入れるくらいの大きさのロッカーがある。無骨なスチール製のそれは執務室の中で妙に浮いた存在だった。

「さぁ、早く中へ」

「う・・ん。この中に隠れていれば安心だよね」

レイに促されるままにロッカーへ隠れるシンジ。

「じゃ、カヲル。私はあなたの命令で碇君を守るから」

ガチャン

そう言い残してロッカーの中に消えるレイ。


(うわぁ、綾波まで来たの。ちょっと、そんなにくっつかないでよ)

(無理よ、碇君・・・ここは狭いもの)


「もしもの時の為に用意しておいたのに。まさかレイに先を越されるなんて・・・」

やっぱり双子、考えることは同じである。


(だからって、そんなに・・・・あっ)

(・・・)


ブチン
カヲルの中で何かがはじけた。

「レイ。僕のシンジ君に何をしている。ここを開けろー!」

ガチャガチャと取っ手に手をかけてゆするカヲル。どう閉めたものかビクともしない。まぁ、そういう目的でカヲルがここに置いてあるのだから、外から簡単に開くわけもない。

「開け、開け、開け、開け」

無情にも開かない扉

「開け、開け、開いてよ。今、開かなきゃみんなヤられちゃうんだ。お願いだから開いてよ」


ガチャ

カヲルの意に反して、開いたのは執務室入口の扉だった。中に入ってきたアスカは、ロッカーの前で半狂乱のカヲルを目撃する。

「アンタ・・・なに泣いてるの」

「・・・やあ・・・久しぶりだね」

自分でもこんな時どうフォローしていいかわからないカヲル。とりあえず笑ってごまかす。

「アンタ、ローエングラム元帥閣下よね?」

思いっきり胡散臭そうにカヲルを見るアスカ。

「カヲルでいいよ、マリーンドルフ伯」

「アタシもアスカでいいわ。前に会ったときは誰かの副官やってたみたいだったけど、あれから随分出世したのかしら?そー言えば、アイツの姿が見えないわね」

「僕の好意に値したシンジ君はいないよ。いなくなってしまったのさ」

「フーン。まぁ別にあんなのはどうでもいいんだけどね」

「裏切ったんだ、僕の気持ちを裏切ったんだ。僕の事を好きだって言ってくれたのに」

ガタン

カヲルの言葉に動揺を見せるロッカー。

『何んかあったみたいね』

カヲルはアスカの目の前で大粒の涙を溜めている。

「何があったか知らないけど、元気出しなさいよ。アンタがそんなんじゃ、このアタシが困るんだから」

何か不思議なものを見るかのような表情でアスカを見る。

「僕たちを殺しに来たのに、励ましてくれるの?」

「あんたバカ?そんな物騒な用件でここに来たわけじゃないわよ。それに、あの時のことは忘れてあげるわ。感謝しなさい」

「それはどーも、と言うべきかな。で、今日は?」

「アンタに手を貸してやろうと思ってね」


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