1997,9,26
渚の英雄伝説 −第10話−
新帝誕生
皇帝崩御!
ニュースは瞬く間に、全宇宙を駆けめぐる。
そして、その衝撃から回復すると人々は一様に思う。
”次の皇帝は誰か?”
ゲンドウ皇帝には世継ぎとなる子供がいなかった。
−ローエングラム伯元帥府−
「まさか、こんなに早く皇帝が倒れるとはね」
つぶやくカヲルの口調には、自分自身の手で引導を渡せなかった悔しさが滲んでいる。
「次の皇帝は誰になるのかな?」
自分の思いを素直に口にするシンジ。
「国民に人気の高いグリューネワルト伯爵夫人を女帝に迎えよう、なんて考える人間もいるんじゃないかな?」
レイに問いかけるような視線を送るカヲル。
「そう、でもダメ。もう遅いわ。」
レイの返答はいたって素っ気ない。あっさりとグリューネワルト伯爵夫人の身分を放棄した彼女にとって、皇帝という地位もまた何の興味もないことだった。
「レイにその気はない・・・か」
「跡継ぎ、必要なの?」
「そう、僕にはね」
「どうして?カヲルが皇帝になれば?」
「武力に物を言わせて僕が皇帝に名乗りをあげても、民衆の支持は得られないよ。皇帝の死に乗じて、帝室を我が物にしようとする逆臣と見られるからね。それより誰か適当な人物を傀儡にたてて、門閥貴族どもの方が離反するように仕向けたいのさ。そうすれば門閥貴族達の方を逆賊として一掃することができる。皇帝の座はその後で十分だよ」
カヲルの答えを聞き、ほんの気持ちだけ眉間にしわを寄せ考えるレイ。
何かあるのかと、レイを見つめるカヲル。
『こういう表情も可愛いな』とレイを見つめるシンジ
「心当たりならあるわ」
−国務尚書リヒテンラーデ候冬月邸−
いつもなら、もうそろそろ眠りにつこうという時間、いきなりの訪問者にしぶい顔をする冬月。向かいのイスにはカヲルとレイが座り、シンジが部屋の戸口に立ち、周囲の様子に気を配っている。
「こんな時間に何のようかね。老人はもっと労って欲しいものだね」
「あの子はどこ?」
「レイ、なぜ君がここにいるのかね?」
「あの子は、ここにいるの?」
「誰のことを言っているのか、私にはさっぱり・・」
「ゲンドウ皇帝の忘れ形見ですよ」
カヲルの言葉に、冬月の顔が更に苦い物になる。
「子供はもう寝る時間だな」
「ここにいるのね」
レイの断定に、しらを切ることを断念する冬月。
「ユイ君に何の用かね?」
「プレゼントをお持ちしました」
にこやかに答えるカヲル。
「プレゼント?」
「ええ、ごくささやかなものですが」
「何を持ってきてくれたと言うのかね」
「皇帝のイスです」
レイの一言が発端となり、こうして次の皇帝が決まった。
5才の幼女、エルウィン・ヨーゼフ・碇ユイが新しく女帝として即位したのである。
玉座に座り、王冠を戴く少女の姿に宮廷人は動揺する。その容姿があまりにも、グリューネワルト伯爵夫人の名で知られる少女に似ていたから。しかも名前は前皇妃と同じ。
”あやしい”
誰もがそう考えた。
グリューネワルト伯爵夫人の名を返上し、宮廷から退くレイの行動は、人々の疑惑を一層深いものとする。
あまりにも疑惑に満ちた女帝ユイの即位、宮廷の多くの者が”長続きはしない”と考えていた。しかし、帝国軍の半数を把握するカヲルの軍事力、国璽を管理する冬月の政治力、そして数多くの隠れアヤナミストが幼帝ユイを支持した。
何よりも、ユイの天使のような容貌は国民の心をガッチリとらえた。今まで不愛想なゲンドウ皇帝の支配に甘んじていただけに、国民の喜びはひとしおである。宮廷前には、新帝即位を喜ぶ国民の歓喜の声がこだまする。
国民の熱狂をよそに、女帝ユイの即位を面白く思わない人物が2人いた。
一人はブラウンシュバイク公キール・ローレンツ。
帝国貴族の重鎮として知られ、密かにゲンドウ皇帝の座をねらっていたと公然と囁かれている人物。
そして、もう一人はベーネミュンデ侯爵夫人赤木ナオコ。
死亡したと発表されていた彼女だが、女帝ユイ即位のニュースを聞くや否やブラウンシュバイク公の屋敷を訪れた。ナオコがユイに向ける憎悪は尋常のものではなく、二人の間に個人的な確執があったことがうかがえる。
キールとナオコの利害は一致した。女帝を僣称するユイにかわり、ナオコを新帝の座につけ、キールは摂政となり帝国を支配する。そのために共通の敵を排除することを誓ったのである。
ゲンドウ皇帝の死により、帝国はカヲル、冬月、ユイの枢軸側とキール、ナオコの反皇帝側の2つの勢力に分裂した。
−ローエングラム伯元帥府−
「貴族達がどちらにつけばいいのか、右往左往してるのが目に見えるようだよ。ああまで醜態をさらして生き延びようとする貴族達、僕にはわからないよ」
「僕にも全然わからなかったな」とシンジ。
「何が?」小首を傾げるレイ
「綾波にあんな大きい子供がいたなんて」
スパーン(ビンタ)、スパーン(ビンタ)
「私の子じゃないもの・・・」
碇君、今のはボケ?
それともマジ?
私にはわからないわ・・・
−マリーンドルフ伯公邸ー
マリーンドルフ伯惣流アスカはカストロプから救出された後、領地には戻らず、帝都にある公邸で静養していた。静養と言っても外傷があるわけではない。時折、何かを思い出したように暴れ出すアスカを部屋に軟禁しているだけであったが。
静養中のベッドの上で暇を持て余し、普段はあまり読むことのない差し入れの女性週刊誌を手にしたアスカ。中に書かれた、ある一つの記事が彼女の目を引く。
”帝国軍人気No1の座を争う二人の少年、その禁断の関係!”
アスカの脳裏にオドオドした冴えない少年と、ヘラヘラした美少年の姿が浮かぶ。
二人とも『殺す』と誓った人物である。
「へぇー、やっぱデキてたんだ、あの二人」
多少興味をもって雑誌を読み始めるが、ほかにたいした記事はない。
「やっぱ新聞くらい読まなきゃだめよね。ねぇ誰か、ここ1週間分の”帝経新聞”持ってきてくれる」
しばらくして、”カタン”とドアの一部が細く開く。
そこからドサドサと新聞が放り込まれ、また”カタン”と閉じる。
『あ〜あ、完全に囚人あつかいね。まっ、あれだけ暴れりゃ無理もないか』
とりあえず古いものから順に見ようと新聞を広げるアスカ。
1面の見出しは、アスカの思いもよらないものだった。
”ゲンドウ皇帝崩御、帝国全土に広がる自粛ブーム”
「うそ、あの変態ヒゲメガネが死んだの?」
ここ数日の軟禁生活で、皇帝崩御のニュースを、アスカは知らなかった。
食い入るように誌面を見つめ、ページをめくる。
”女帝ユイによる新体制発表、帝国全土に広がるお祭り騒ぎ”
「皇帝も死ねば過去の人ね。それよりも、こっちの写真、気に入らないわね」
載せられたユイの写真、あどけない笑顔を浮かべている。可愛い子ではあるが、見ているとなぜか無性に腹が立つ。
記事はさらに続く。
”激突必至!不満を募らせる反体制派!ベーネミュンデ侯爵夫人の逆襲!”
「激突は必至か・・・なんか、私の知らない間に凄いことになってるじゃない。」
低くつぶやくアスカ。
帝国が2つに割れて争いが始まる。アスカはマリーンドルフ家の当主である。当然アスカがマリーンドルフ家の旗色を決めなければならない。
心情的にはカヲルとシンジ、更には何となくいけ好かないユイのいる枢軸側に組みすることなどまっぴらである。
しかし、14才で首都星オーディンの帝国大学を卒業した彼女の明晰な頭脳は、枢軸側が勝利するだろう事を告げている。戦いは勝者につかなくては意味がない。
幼くして事故で両親を亡くしたアスカ。彼女にとってマリーンドルフ伯領は、両親が彼女に残してくれた、たったひとつの宝物。
早く正式な領主になりたくて、飛び級に飛び級を重ねて、大学まで卒業し、やっとこの春正式にマリーンドルフ伯の名と領地を安堵されたばかりである。
これから始まるであろう戦いに負けることは、この領地を失う事を意味する。
ベッドから起きあがり、ひとつ大きく伸びをすると、アスカは拳を固める。
「行くわよ、アスカ!」
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