1997,9,20


渚の英雄伝説 −第9話−

冷徹なる


−ローエングラム伯元帥府−

カヲルは執務室の机に向かい、物思いにふけっていた。

『参謀が欲しいね』

カヲルの思いは、最近大きくなる一方である。
軍事的には元帥という地位を得て、戦争の天才とまで呼ばれるようになった。しかし、これからの戦いは宮廷に巣くう貴族どもを相手にした政略、謀略方面の戦いが主なものとなるだろう。シンジはこういった方面にまるで向いていない。

『だからと言って、シンジ君がいらないわけじゃない。参謀よりシンジ君の方が価値があるのさ、僕にとってはね』

カヲルの物思いは、どんどん横道にそれていく。

バン
いきなり部屋の扉が開く。誰にも咎められずにこの部屋に入ってこれるのは、カヲルをのぞけばシンジだけ、そのシンジは今この部屋にいる。

「誰?」シンジが誰何の声をあげ、銃を向ける。

部屋の入り口にはグリューネワルト伯爵夫人綾波レイが立っていた。しかも軍服姿で。
(帝国軍の女性用軍服が一中の制服に酷似しているのは、作者のご都合である)

「綾波」
「レイ、いったいどうしてここに」

部屋に入ると真っ直ぐカヲルの座る机の前まで近づき、カヲルの目をじっと見る。

「私、やるの」

「何をやるんだい」
いきなりのレイの登場に、戸惑いの表情を隠せないカヲル。

「オーベルシュタイン」

    ・
    ・
 暫し沈黙の時間
    ・
    ・

「えーと、レイは確かグリューネワルト伯爵夫人じゃなかったのかい?」
困ったように言うカヲル。

「もう、いいの。あの人には必要なくなったから」

「レイ、オーベルシュタインがどういう人物か知ってるかい?」
はっきり言えば”汚れ役”である。レイには似合わないと言外に言うカヲル。

コクリとうなずくレイ。
スカートのポケットからメモを取りだし読み上げる。

「オーベルシュタイン
 決して浮つくことがない人
 ユーモア感覚が完全に欠落していると一般に信じられている人
 髪は半ば白く、瞳は冷徹な色をたたえ、表情には愛嬌というものがない人
 本人も世間の評判など気にしない人」

『はまり役じゃないか』カヲルは無言で思った。

「愛称は”帝国印、絶対零度のカミソリ”
 私、そう呼ばれる自信あるから」

「そうか、レイ・・・じゃあ今日から君は」

「綾波レイ・フォン・オーベルシュタイン」

静かに、宣言するレイ。

グリューネワルト伯爵夫人のきれいなイメージで遠くにいる場合と、オーベルシュタインで汚れ役を近くで演じる場合、どちらがシンジに好印象を与えるか計算するカヲル。例えレイが近い存在となっても、後者の方が自分に得るところが大きいと瞬時に判断する。
『僕の知らない所で色々と画策されても困るしね』

「わかったよ、レイ。今日から君を帝国宇宙艦隊参謀長として中将の地位を与える」

「はい」

「綾波、その、なんて言ったらいいのか、でも、とにかく、おめでとう」

「ありがとう、碇君」


ありがとう
感謝の言葉
初めての言葉
でも初めてじゃない気がする
どうして?


「レイは昔から”ありがとう”と言うと自分の世界に入ってしまうね」

「初めてじゃないの?」

「ああ、いつものことだよ」

「そう」

『もっとも、レイが”ありがとう”なんて言う相手はシンジ君だけだけど』

「でも綾波、よくあの皇帝がこんな事を許してくれたね」

「別に、あの人に許してもらう必要はないわ」

「「えっ」」期せずして、シンジとカヲルの声が重なる。

レイの顔を見る二人、レイの視線はどこか遠くを見つめている。
部屋の中を再び、暫しの沈黙が支配する。

「あー、レイ。それじゃあ君は黙って宮廷を出てきたのかい?」

コクリ

「それは、ちょっとまずいんじゃないかな綾波。やっぱり宮廷に帰った方が・・・」

「どうしてそういうこと言うの」

悲しげな色をたたえた瞳で、じっとシンジを見る。

「うう、綾波ゴメンよ。そんな目でみないでくれよ」

シンジもゲンドウ同様、レイには頭があがらない。
(この物語りではシンジとゲンドウの間に血縁関係は存在しないのだが)



「ニュース、ニュース、ニュース、大ニュースだよ」
重苦しい雰囲気を吹き飛ばし、号外新聞片手に執務室に駆け込んできたのは、出番の少ないオスカー・フォン・相田ケンスケ。

「どうしたんだい、騒々しいね」

「これが落ち着いていられますかっての。とにかくこれを読んでみなよ」

バンと机の上に置かれた新聞。そこには大きくこう書かれている。

”皇帝崩御”

しばらく呆然と新聞の文字を見つめるカヲルとシンジ。ふと目をあわせると、今度は二人そろってレイの方に視線を向ける。レイの表情に変化はない。

「あ、綾波。その・・・この記事について、綾波は何か知らないかな?」

「何も知らないわ」

「そう・・・」

レイの言葉に嘘はない。彼女が最後に目にした皇帝は、ATフィールドにはじき飛ばされ中を舞ってる姿である。その時は空中で元気に手足を動かしていた、そこまでは確認している。後は振り返ることなく、自分の屋敷に戻り、身支度を整えてからここにきた。あの後皇帝がどうなったのかレイは知らない、また興味もない。


「どうやら、大変なことになったようだね」カヲルがつぶやく。

 カヲルの目の前でレイはそっとシンジに身を寄せ、こっそりその手を重ねる。シンジは視線をレイに向け、カヲルに向け、またレイに向けてから、天井を見てごまかす事に決めた。

『ああ!シンジ君、他人との一次的接触をあんなに恐れていたはずなのに。どうしてレイの接触を拒まないんだい』

目の前で展開される光景に、いつも笑顔を浮かべているカヲルの表情が強ばる。

『皇帝の死と同時にこういう攻撃に出てきたか、レイ。それともこういう攻撃に出るために皇帝を抹殺したのか。どちらにしても、今後レイの動きから目がはなせないね』

皇帝の死と、それがもたらす今後の運命にカヲルは思いを馳せる。

(カヲルの思いとはいったい・・・)



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