1997,8,30


渚の英雄伝説 −第6話−

決戦!カストロプ動乱



−惑星カストロプ衛星軌道上−

反乱討伐軍、旗艦「初号機」の艦橋に突如、警報音が鳴り響く。

「惑星地表から、高エネルギー反応接近」

オペレーターが叫ぶ。
その直後、閃光がスクリーンを焼き尽くす。

「僚艦バルバロッサ被弾しました」

反乱軍からの攻撃、にわかにさわがしくなる艦橋。


「どうするんだい、シンジ君。敵はやる気のようだよ」

指揮シートに座るシンジの斜め後方に立つベルゲングリューン(カヲル)がシンジの 耳元にささやくようにたずねる。(なぜ耳元でささやく?)

「どうするって言われても、向こうには人質がいるんだ。迂闊に反撃はできないよ」

うつむきながら答えるシンジ。
その人質が攻撃に参加していることなど知る由もない。

「シンジ君、君はどうして僕がここにいると思う?」

その質問に、ベルゲングリューン(カヲル)の顔を見上げて答えるシンジ。

「それは、僕のことが心配だからだろ。僕がたよりないから」

顔はあげても視線を合わせることはできない。

「皇帝はね、わざとシンジ君にこの作戦を命令したんだ。シンジ君には人質をとった 相手に強攻策などできるわけがない事を承知でね」
「当然作戦は失敗、その責任をとってシンジ君は更迭される。皇帝は僕からシンジ君を切り離し、僕の勢力を弱めるつもりなのさ」

「じゃあ、最初から僕は期待されてなかったの?」

「失敗することを期待されていた」

「そんな・・・。それじゃ僕はいらない人間なの?」

「ちがうよシンジ君、何も皇帝の期待にこたえてやる必要はないと思うよ。ここは派手に作戦を成功させて、帝都に凱旋しよう。皇帝にシンジ君の本当の実力をみせてやるのさ」

そう言い放つ顔には満面の笑顔を浮かべている。

『レイ、君の思惑通りにはさせないよ』
カヲルはこの前、セントラルドグマまでケーキを取りに行かされたことをちょっと根に持っていた。

「そんなこと言われたって、僕にはどうすればいいか・・・」

いつもと同じカヲルの笑顔を、なんとなく不安そうに見つめるシンジ。

「こうするのさ」
艦隊指揮用のマイクを手にとるベルゲングリューン(カヲル)

「全艦艇に告げる、これより惑星表面上の反乱軍に対し制圧射撃を行う。全砲門開け」


衛星軌道上から地上に幾本ものエネルギーの槍が突き刺さる。

一瞬にして形を変える重い山

吹き上げられた土砂が青い空を黒く染める

太陽は地上からその姿を消し

水も、花も草木も一瞬にして蒸発する

地上から人が作り出したすべてのものが消えてなくなる


「死ぬのはイヤー」

アスカの悲鳴もまた、閃光の中に消えた。


呆然と目の前で展開される光景を眺めるシンジ。
幾度目かの艦載砲の発射の衝撃に我に返りカヲルに詰め寄る。

「やめてよ、カヲル君、ねぇやめてよ」

シンジの絶叫は指揮シートを包む遮音力場により外部に漏れることはない。

「全艦、砲撃やめ」

ベルゲングリューン(カヲル)の命令はマイクを通して全艦隊に伝わる。

「どうしてなんだよ、カヲル君。どうしていきなり・・・」

「シンジ君、僕は何があっても君を失うわけにはいかないのさ」

「カヲル君、君が何を言っているのか僕にはわからないよ」

シンジにはカヲルの意図もレイの思惑もわからなかった。
ただ、人質をも無視して行われた強行策に茫然自失するのみ。


「偵察機を出して地上施設の破壊を確認させてくれ」

たんたんと任務を遂行していくベルゲングリューン(カヲル)。

遮音力場に包まれた音のない世界で、任務を遂行するカヲルをぼんやりと見ながら、シンジは自分だけの世界に引きこもる。


『どうしてカヲル君が命令しているんだろう』

『本当は、命令をしなきゃいけないのは僕なのに』

『どうして僕じゃなくカヲル君が命令しているんだろう』

『それは僕が逃げだしたから』

『イヤな事を全部カヲル君に押しつけて逃げ出したから・・・』


「碇君・・・」音のない世界に突然響く声

「うわっ、綾波!どうして綾波の声が聞こえるの?」

「この声は、碇君、アナタの中の私なの」

「僕の中の綾波・・・じゃあ君は僕なの?」

「違うわ、私は私、碇君じゃない」

「そう、よくわからないけど、でも、どうして?」

「呼んだでしょ、碇君、私を呼んだでしょ」

「そう・・かな?」

「そう、だから私、ここにいるの」

「でも、何のために?」

「カヲルに傷つけられた碇君の心を癒すために」

「違うよ、綾波。悪いのは僕なんだ」

「どうして?」

「僕は卑怯で、臆病で、狡くて、弱虫で・・・」

「卑怯で、臆病で、狡くて、ヘッポコかも知れないけど、碇君は悪くないわ」

「・・・・綾波、どーせならもっと優しくしてよ」

「ゴメンなさい。こう言うとき、どんな声をかければいいかわからないの」

「ありがとう、綾波。それでも僕を勇気づけてくれるんだね。でも、僕はこの手で何の罪もない人質を殺してしまった・・・」

「それはカヲルの命令。碇君のせいじゃないわ。碇君、カヲルのそばにいるのは危険よ」

「それは違うよ、綾波。カヲル君が命令しなかったら、僕が代わりに同じ事をしていたはずさ。カヲル君は僕の為に、僕の代わりにああ命令しただけ。カヲル君が悪いわけじゃない」

「どーしてカヲルに優しくするの?」

「それは・・・約束だから」

「約束?」

「初めて会ったとき、僕に言ったろ”カヲルと仲良くしてくれ”って」


その時、報告書を持ったカヲルがシンジの前に表れる。

「偵察機からの報告だよ。地表で赤い人型の物体を発見。中から人質となっていたマリーンドルフ伯惣流アスカを救出したそうだ。意識不明だけど命に別状はないそうだよ」

その報告は、己の殻に閉じこもるシンジにもたらされた福音だった。

「本当!カヲル君」

「ああ、まちがいないよ」

報告書から目をあげて答えるカヲル。すると、シンジが座る指揮シートの後ろに、小さく丸くなって隠れているレイの姿を見つける。

「レイ、そんな所で何をしてるんだい」

しまった、見つかった

「ちがうよカヲル君、これは僕の中の綾波なんだ」

「え?」×2

思いがけないシンジの言葉に戸惑う2人。
先に我に返ったのは、少しでも話の見えてるレイの方だった。

「さよなら」

それだけ、言い残してブリッジから足早に出ていくレイ。

もたらされた福音に、綾波の姿を疑問に思う余裕はシンジにはなっかった。

カヲルが我に返った時には、レイの姿はもうどこにもない
『レイ、まさか君までついてきていたのか』


ブリッジを出たレイは一目散に女湯にむかう。

ここまで来れば安心ね
碇君には、この中に入る勇気はないわ
それにしても
碇君があんな昔の約束をおぼえていてくれたなんて

碇君との絆
でも、どうしてその絆がカヲルなの?





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