1997,8,06


渚の英雄伝説 −第2話−

少年の日



5年前のある日、隣の空き家に引っ越してきたのがカヲル君達だ。
先生からは落ちぶれた貧乏貴族が引っ越してくると聞かされていた。
僕は貴族なんてそれまで1度も見たことがなかったんだ。
だから隣の引っ越しが始まると一目散に自分の部屋から飛び出した。
この目で貴族というめずらしい生き物を見てみたかったから。

垣根越しに隣をのぞくと、僕と同い年くらいの美しい少年と目があった。

「君は誰だい?」

いきなり、美しい少年に声をかけられた。
僕はあわてて自分の名前を名乗る。

「ジークフリードなんて俗な名前だね。でもシンジというのはとても詩的だ。僕は君の ことをシンジ君と呼ぶようにするよ」

そう言ってにこやかに笑うと、僕に手を差し出す美しい少年。

その時僕は自分の考えの中に沈み込んでいた。

『なんてきれいなんだろう、やっぱり貴族だからかな?』
『言いたい放題に言ってるけど、ぜんぜんイヤな感じがしない。どうしてだろう』
『赤い目、薄い色の肌、薄い色の髪』
『白くきれいな手』

彼の白い手が僕の前に差し出されたままになっていることにようやく気がつき、あわてて 彼の手を握る。

「僕は君に会うために生まれてきたのかもしれない」

彼はこう言って、うれしそうに僕の手を強く握り返してくる。

こう言うときは僕も強く手を握り返すべきなのだろうかと悩んでいると、彼の背後から やはり同い年くらいの美しい少女が現れた。
彼は僕たちがたった今、友達になったことを少女に説明した。

その間も、僕の手は彼に握られたままだった。

彼に紹介されて美しい少女と向かい合う。

「カヲルと仲良くしてやってね、碇君」

赤い瞳で僕を見つめながら、青い髪の少女は小さな声でそう言った。
彼女の名前は綾波レイ・フォン・ミューゼル。
カヲル君の双子の姉


彼女の言葉通り、僕とカヲル君はすぐに仲良くなった。

それから毎朝、隣の家に2人を迎えに行くことが僕の日課となった。
学校までの道を僕の隣にカヲル君、後ろには綾波が並んで歩く。

それまで僕の生活は、特別にこれといったことのない毎日だった。
僕が人の注目を集めるなんて事はなかったと思う。

でも、この2人と一緒にいると、それだけで注目の的となる。
僕の平凡な毎日は、突然輝きに満ちたものになった。

僕たち3人はいつも一緒だったんだ。
あの時まで。


銀河帝国皇帝フリードリッヒ碇ゲンドウは、国務尚書リヒテンラーデ侯冬月 とともに、5年前に亡くなった皇妃の墓参りの帰りであった。

「車を止めろ!」
突然ゲンドウが叫ぶ

「どうした、碇」
迷惑そうな顔で問う冬月

「・・・・」
冬月の問いに一言も返さず、何かを食い入るように見つめるゲンドウ。
その視線の先には3人の少年少女が仲良く歩いていた。
その少女を一目見たとたん、冬月も驚きの声をあげる。
「ユイ君」

そこにいた少女は、あまりにも今は亡き皇妃ユイに似ていた。
まさに生き写しである。

「冬月、今日からG計画を第2段階に移行する」

「まさか、碇・・・」

 G計画:ゲンドウ補完計画。
 皇妃ユイに先立たれたゲンドウの魂の隙間を埋めるべく
 代わりの女の子を見つけて補完しようという悪しき計画
 現在はベーネミュンデ公爵夫人赤木ナオコがその役を担っている。

「本気か、碇。あの子はどうみてもまだ小学生だぞ」

「問題ない」

相変わらず少女を食い入るように見ながら答えるゲンドウ。
冬月には返す言葉がなかった。


見たこともない高級車がカヲル君の家の前にとまっていた。
その車の前に立つ綾波は寂しそうに僕に言った。

「碇君、もうあなたと同じ学校に通えないの。短い時間だったけど、ありがとう」

綾波を乗せた車は、夕日に赤く染まった街に消えていった。
車に書かれていた紋章は、僕でも見たことがある。

『皇帝が綾波を連れていったんだ』

僕には泣くこと以外何もできなかった。

そんな僕の隣にやってきたカヲル君がこう言った。
「僕は軍人になるよ、早く一人前になれるからね。そして皇帝からレイを取り戻すんだ。 シンジ君、僕と一緒に行かないか」

初めて会った時のように僕に手をさし出すカヲル君。
その瞳はいつもより赤かった。
僕の頭の中には綾波のあの言葉が浮かんだ。

『カヲルと仲良くしてやってね、碇君』

僕はカヲル君の手を握る。

「君がそうのぞむなら」



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