1997,7,31


渚の英雄伝説 −第1話−

僕が征くのは星の大海なのさ



銀河帝国軍大佐、ジークフリード碇シンジは艦橋に一歩足を踏み入れたとたん、 無数の星々のきらめきに圧倒された。一瞬、自分が宇宙空間に放り出されたような 錯覚におちいる。しかし、指揮シートに深く体を沈め、スクリーンに映る星に目を 向ける自分の上官の姿が彼を現実世界に引き戻す。

「星を見てるの?カヲル君」
視線をスクリーンからそらすことなくローエングラム伯・渚カヲルは答える。

「ああ、星はいいね。リリンが生みだしだ文化の極みだよ」

「それは、ちょっとちがうと思うよ・・・カヲル君」

シンジのつっこみに、わずかに目を細めてこちらを向くカヲル。
「つれないことを言うね。ところで何か用なの?」

「うん。反乱軍の布陣だけど、三方からこちらに近づいて来てるんだ。その数は 僕たちの2倍以上、このままじゃ囲まれちゃうよ」

心配そうなシンジの表情に、椅子から身をおこしたカヲルは笑顔をうかべる。
「ガラスのように繊細だね、君の心は」

「なにわけのわかんないこと言ってるんだよ。このままじゃ負けちゃうじゃないか」

シンジの心配をよそにカヲルの表情はあくまでもさわやかである。
「大丈夫だよ、シンジ君。僕たちは敵より圧倒的に有利な立場にあるんだから。でも、 僕に文句を言いに来るのはシナリオでは5人の老いぼれ提督じゃなかったのかい?」

「シナリオってオリジナル銀英伝のこと?」

「そうさ、他に何があるというんだい」

「すべてがシナリオ通りにいくとは限らないよ。シナリオには登場人物が多すぎて、 どこかで修正しないと、とても僕たちだけじゃ・・・」

シンジの説明に瞳を赤く輝かせるカヲル。
「そういう事かリリン。確かに僕たちには人材が不足している。今の僕にはシンジ君、 君しかいないのだから」
そう言ってシンジの手を握ろうとするカヲル。体を硬直させ後ずさるシンジ。

「カ、カヲル君、この戦いに勝ったらカヲル君は帝国元帥に昇進だろ。そうしたら カヲル君の好きなように人材を集められるじゃないか」
言いながらもカヲルの手から逃げるシンジ。

「一時的接触を極単に避けるね、君は」
寂しそうにつぶやくカヲル。

(シンジでなくても避けると思うぞ。でもここで「逃げちゃだめだ」とか言ってカヲルの手をつかんでいたら、シンジ君、新しい世界がひらけたかも)

「もちろん僕にも考えはあるさ」
何を考えているのか、そう言うカヲルの微笑みはちょっとあぶない。

「僕が元帥府を開いて人材を集めるとしたら、勇敢で命令に忠実な連中を集めるのさ。 疾風サキエル、鉄壁ラミエル、ヘテロクロミアのイスラフェル、それから猪突猛進 サハクィエルなんてどうかな」

「そんなんじゃ元帥府がお化け屋敷になっちゃうよ」
シンジのつぶやきはもっともである。

「でも、すべては目の前の戦いに勝ってからだよね。さっきカヲル君は僕たちが有利な 立場にあると言ってたよね。僕にはそう思えないけど」
話をもとに戻すシンジ。
カヲルは指揮シートに座り再びスクリーンに映る星を見つめる。

「大丈夫だよシンジ君。勝つための策はもう僕の頭の中にあるから。あとは皆が僕の命令通りに動いてくれれば勝利はまちがいないよ。この武勲により僕は元帥に、シンジ君も 准将に昇進さ。帝国史上14歳の元帥などレイを見ないだろうね」
そう言って何かを思い出したかのように微笑むカヲル。

「勝つのさ、そして一緒に姉上の所へ報告に行こう」

シンジもカヲルの見つめるスクリーンに目をむける。
『そう、僕たちは勝たなければいけない。勝ってあの人のところに行かなければ』
心の中でつぶやくシンジ。

彼の脳裏に5年前、初めてカヲルに会ったあの日の情景が浮かんだ。


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