「月か・・・・」

僕はベットの上で寝転びながら、窓の外に見える月をさっきから眺めていた。

地球に最も近くて、最も遠い星。

そんな月が僕を照らしている、まるで僕の心の底までも照らすかのように。




桜草

華王

気が付くと僕は、夜の住宅街をフラフラと彷徨い歩いていた。

夕食の後、アスカにビデオを見させられて、その後気が付くと家から飛び出したのだった。

ただアスカの元から逃れるために、たとえ結局アスカの元に戻らざるおえない事が自分で

も解かっていても。

結局、アスカに見せられたビデオから逃げただけなのかもしれないのけど。

たとえ逃げても、自分の犯した罪が消えるわけでもないのに。

そして僕は、特に目標もなくただ夜の街をさまよい歩いていた。

それから少し歩くと視界に自動販売機が目に入ってきた。

「そういえば、喉乾いたな。」

小銭を出そうとズボンのポケットに手をやった。

しかし、僕の左手は財布の感触を掴む事はできなかった。

そうか、財布を持たずに出てきてしまったのか。

自動販売機を、恨めしそうに眺めながらそう思いながら横を通り過ぎた。

だが販売機でジュースを買えなかった事が堪えたのか、僕は無性に喉の乾きを感じた。

そして少し先にある公園に行き、水飲み場で水を飲んで喉を潤った。

僕はそのまま水飲み場の隣りにあるベンチに寝転んだ。

そして星を眺めながら、さっきまでのアスカとの事を考えていた。

今日、僕のした事になにか誤まりがあったのだろうか?

いや少なくとも僕のした事に誤まりは無かったはずだ、アスカが気に入らなくても個人的

にはできる事の範囲で精一杯の事をした。

今の僕にあれ以上の事をしろと言ってもできないくらいに。

安物だけど結婚指輪も用意したし、夕飯も自分なりに最高の物を用意したつもりだ。

アスカの事だからもしレストランなんかに連れて行って夕食を共にしても、たぶん同じ結

果になっただろうし。

いったいアスカは僕にどうしろと言うんだ。



・・・・・・・・・・・・止めた。

その事が嫌でアスカの所から逃げてきたのに・・・・

アスカの事ばかり考えてると気が滅入ってくるから考えるを止めて、僕は気分転換を兼ね

て静かに星空を眺める事にした。

夜空は都市の明かりのせいで見える星は少なかったけど、夜空には意外と星が多く見えた

こうしてゆっくりと星空を眺めるなんて僕には10年ぶりだった。

あの時は周りにアスカと綾波がいて三人でゆっくりと星空を眺める事ができたっけ。

しかも、事故のおかげで都市の電気が全部消えていて満天の星空を郊外の公園からじっく

りと眺める事ができた。

でもアスカはあの時都市の明かりが無いのは変だて言ってたけ、綾波はただ無言で少し微

笑みながら星空を眺めていたけど。

今考えると、あの時が僕達が一番幸せだった時なのかもしれない。

その後の運命も知らず、平穏に学校生活を満喫していたのだから。

そして今の僕にはこんな事にでもならなければ、ゆっくりと星空を眺めるゆとりさえも無

い生活をしている、確かに色々あったけど僅か10年しか時は流れていないのに・・・

たしかにこの10年でいろいろあったけど。

それからしばらくゆっりと星を眺めていた、そしたら突然なにかが僕の視界を遮った。

「どうしたんだい、シンジくん。」

僕の顔を覗きこみながら言ったのは潮 祢琥(ねこ)だった。

驚いて上半身を起き上げたけど、当の祢琥は何事もなかったように

「たしか今日は用事があったはずだよね、いったいその用事はどうしたんだい?」

と祢琥は笑いながらそう言ってきた。

「いや、その・・・・・」

僕は祢琥の突然の登場に驚き上手く返事ができなかった。

「まあ、こんな時間にこんな住宅地の公園のベンチで寝る転んでボーと星を見てるんだか

ら、またアスカさんと喧嘩でもしたんだろう。」

図星だった・・・祢琥は妙に観察力の鋭い所があり、僕はいつも隠し事をできないでいる。

「そうだけど・・・実はねえ祢琥・・・・」

「いいよ、別に話さなくたって聞かれたくないんだろう。それより僕の家に泊まりに来な

いかい?今日はもう家に帰りたくないんだろう。」

「うん、できれば泊めて欲しいな。」

「わかったよ、でもその前にコンビニに行く途中だったからちょっと付き合ってくれない

かい?泊まるのなら君の替えの下着も必要だろうしね。」

そう言われて初めて祢琥の服装に目が行った、祢琥はジーパンに長袖のTシャツというか

なりラフな格好をしている。

一目でちょっとそこまで買い物い行くといった様子だった。

「そうだね。」

僕はそう返事をするとベンチから起き上がって祢琥と一緒にコンビニへと歩き始めた。

そしてコンビニへ行く間、祢琥は僕にいろいろと世間話を話し掛けてくれる。

祢琥は僕がアスカとの事で気落ちしている事を感じて、僕に話し掛ける事で少しでも励ま

そうとしているのがわかる。

でも話しの中では僕とアスカの事には一切触れず、また探るような事もしない。

今の僕にはそんな祢琥の心配りがとても嬉しかった、そして話かけらながら思った学校の

生徒に祢琥が一番気に入られているのもたぶんそんな自然とできる心配りのせいなのかも

しれないと。

それに比べて僕はどうだろうか?僕はいつも人を傷付けてばかりいる。

いや、傷つけるどころか確実に不幸にしている・・・

そんな僕が教師という人を育てる職業に向いているのだろうか?

祢琥だって僕のために・・・・・・

「どしたんだい?シンジくん、急に僕悩んでます!て顔をして。」

気が付くと隣りを歩いていたはずの祢琥が目の前にいて、僕の目をしっかりと見つめなが

ら微笑んでいた。

「なんでも、ないよ」

僕は目をそらしながらそう間抜けな返事をした。そんな祢琥の真剣な瞳で見つめられると、

そう答えることしかできなかった。

「なんでも無い事はないと思うんだけどね、人と話しをしていて急に黙って暗い顔をする

なんて普通はなんかある証拠だとおもうんだけどね。

それともなにか僕が気に触る事でも喋ったかな?それだったら僕が謝るけど。」

「そ、そんな事ないよ。ただ僕は・・・・・」

僕は祢琥が急に元気のない顔をしたのあわててそう弁明した

「いいよシンジくん無理に言い分けしなくて、でも悩んでるなら少しは僕に打ち明けて欲

しいな。たぶん僕に打ち明ける事で解決する事は無いと思うけど、少しは心の負担を無く

す事はできると思うからね。」

祢琥は僕に優しく微笑むとを踵を返して先に歩き出した。

やはり祢琥には全てがお見通しなのかもしれない、と後ろ姿を眺めながらそう思っていた。

その後、僕らはコンビニに行き祢琥は目的だったリンス買い、僕はお金を借りて替えの下

着とひげ剃りを買った。

そしてそのまま、祢琥の家へと向かった。

祢琥の家は、俵石にある小さな一戸建てで今は一人で住んでいる。

初めてこの家に来たのは高校1年生の時だった、その時は祢琥ではなく兄の影虎さんに用

があって来たんだけど。

そのあと直ぐ影虎さんは、アメリカに研修に行ってしまってから暫く足が遠のいていたけ

ど3年生になった時くらいからアスカの元から逃げ出す度にここに来るようになった。

今の僕にはある意味で一番心安らぐ場所なのかもしれない。

祢琥がポケットから家のカードを取り出してセキュリティーを解除してからドアを開ける、

そして「どうぞ」と僕の事を家の中へと誘ってくれる。

「うん、おじゃまします。」

僕はそう言うと家の中へと入って行った。

家に入ると直ぐに二匹の猫が足にすり寄って来た、名前はキャーとアレサンドラでキャー

の方はアメリカンショートヘアーで、影虎さんが祢琥が寂しがらないようにと三年前に送

ってくれた。

アレサンドラの方は三毛猫で2年前に僕が捨てられていたのを可哀想だと思い拾ったのだ

った、最初は自分で飼おうと思ってたのんだけれど、アスカが嫌がったから仕方なく祢琥

に預けたのだった。

でも二匹とも用があったのは僕ではなく、祢琥の方さらにコンビニで買ってきたミルクに

用があったみたいで足にまとわりついて、盛んにせがんでいる。

祢琥はちょっとごめんねと言いながら、買ってきたミルクを猫用のボールに入れて残りを

冷蔵庫にしまう。

僕はその間に、居間に行ってテレビをつけてぼんやりと眺め始めた。

祢琥は台所で片づけをしている、そして飲みものは紅茶でいいよねと尋ねてきて、僕はそ

れにうん紅茶でいいよと返事をする。

それについ僕は苦笑してしまう、受け答えがあまりにも可笑しくてなんか長年連れ添った

夫婦みたいだったからだ。

「どうしたんだい?」

僕が苦笑していると、祢琥が両手にティーカップをもって入って来て少し怪訝そうに尋ね

てきた。

湯気が立っているティーカップには、可愛らしいネコのイラストが描いてある。

「いや、何でもないよ」

と答えるとティーカップを受け取り一口飲んだ。

「あち!」

僕はあまりの熱さにあわててカップを離した。

「ごめん、熱かった。」

そう言いながら急いで祢琥は持っていたティーコップをテーブルの上に置くと、しゃがん

で僕の唇に軽く指で触れる、まるで壊れ物を扱うように。

そして僕は祢琥の指が唇に触れるのを他人事の用に眺めている。

「どうやら火傷はしてないみたいだね。」

そう行って祢琥はホッとした顔をしながら視線を唇から瞳に移した。

「よかったね、シンジく・・・」

僕はそんな言葉を止めるように、祢琥の柔らかな唇に自分の唇をそっと押し付けた。

柔らかいな・・・そんな事を思いながら、祢琥の事を抱きしめた。

僕の前から居なくならないように。



「どうしたんだい?さっききからぼんやりと月を眺めて。まあ憂いにみちた美少年ぽくて

端から見てると面白いけどね。」

僕が声のした方を見ると少し開いたドアの向こうから、祢琥が両手にコップを持ったまま

悪戯そうに笑っていた。

祢琥は寝室のドアを足で開けると、そっと入ってベットに腰掛けた。そして「はい、お茶。

今度は熱くないから」と言いながらコップを渡してくれた。

「ありがとう。」

僕はそう言いながらコップを受け取った。

コップを受け取る時、祢琥からほのかにシャンプーとせっけんの匂いがしたどうやらシャ

ワーを浴びてきたみたいだ。

「シンジくん、もしかして月での事を思い出してたのかい?」

「そうだよ・・・・・」

祢琥は真面目な顔して聞いてきた、僕はその問いに目をそらして曖昧に返事をした。

「・・・思いださない方がいいよ、それにその事は二人とも望んでいた事なんだろう?

なら思いださない方がいいよ。」

「でも、あの時僕は・・・・」

祢琥が僕の言葉を止めるように刈軽くキスをした。

そして唇を離しながらそう言う。

「シンジくん、ぼくは月での出来事は部外者だから君に聞いた事しか知らないけど、でも

聞いた限りではそれが最善だったと思うよ。だからそんなに自分を責めちゃダメだよ。そ

れに二人は僕らに未来を託したんだろう?」

「・・・・・・そうだね。」

僕はそう絞り出すように言うと、一気にコップの水を飲んだ。

「・・・・・じゃあシンジくんとマユミさんの月で犯した事は悪かい?」

「ちがう!悪なんかじゃあない!」

その問いに僕は怒鳴っていた、でも祢琥はそれほど動じてなかったけど。

「ごめん、急に怒鳴って。」

僕はそうあやまった。

「いや、いいんだよ失礼な事を言ったのはぼくなんだから。でもねシンジくん月での事が

悪では無く罪なら償う事ができるんじゃないかな?マユミさんも言ったんだろう、アスカ

さんへの罪を償ってくださいて。だから罪なら償えるよ、でもぼくには罪でもないとおも

うけどね。」

祢琥はそこでいったん言葉を切るとさらに続けた。

「マユミさんが送ってくれた鉢植あるよね。」

「うん、あるけど。」

「その植物の名前を知ってる?」

「知らないけど。」

少し考えたけど僕には解らなかった。

「そう、あの植物はねサクラソウというんだよ。そして花言葉が『若い時代と苦悩』なん

だ。マユミさんはシンジくんに励ましの意味で送ってくれたんじゃないか?」

祢琥は手にもっているコップを回しながら顔だけ僕のほうに向けたまま言った。

「若い時代と苦悩か・・・・」

小さく僕は口の中でつぶやいた、確かにそうなのかもしれないと。



第6話 碇 アスカ

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