「ねえ、アスカ。もう償いは十分だよね。」

シンジが私にそう呟いた。

「え?なに?」

「そうですね、シンジさんのアスカさんへの罪はもう十分償われました。」

私が後ろを振り返ると、そこにはマユミが立っていた。

マユミは私の横を通り、シンジの隣りに立った。

「そうだね、マユミ。じゃあもう行こうか。」

シンジは私に見せた事のない笑顔で、マユミの方に振り返った。

「はい」

マユミは嬉しそうに微笑むと、そっとシンジと手を組んだ。

「アスカじゃあね。」

「アスカさんさようなら。」

二人はそう言い残すと手をつないだまま私から離れて行く。

私は、二人を追いかけようとするが身体がなぜか動かなかった。

「待ってよ、ねえ待ってよシンジ。私を置いて行かないで。

お願い私を見捨てないで・・・・・・」

そして私にはそう懇願する事しかできなかった。




結婚指輪

華王



「またこの夢か・・・・」

目覚まし時計の音で目が覚めると、ベットの中でそう呟いた。

私はまた、この夢を見ていたようだった。

シンジが私の元から、マユミの元へ去っていってしまう夢。

そしてシンジを追いかけようとするが、なぜか追いかける事の出来ない私。

それはまさに私にとっては悪夢そのものだ。

そして、この悪夢を見たあとはこれが現実だったのでは?と不安になり、胸がギュットして

苦しくなるのだった。

でも心のどこかで解かっているのかもしれない、運命の赤い糸が存在するのなら間違いなく

シンジとマユミが結ばれている事に・・・

私はベットから起き上がって、机の所まで行きカギを解除して引き出しを開けた。そして中

から婚姻届を出しそっと胸で抱きしめた。

でももうそんな夢は見なくてすむ私はシンジと結婚するのだから、そしてこれからは二人で

仲良く暮らすのだから。

そして私は悪夢を見ないですむ。今度からこの悪夢を見るのはマユミなのだから・・・・

そう思うといくらか心が軽くなった、でもその分そんな事を考えてる自分が嫌になるけど。

胸に抱いていた婚姻届を忘れないようにカバンに仕舞った。

そしてシャワーを浴びるために浴室へと部屋を出ていった。

シャワーを浴びながら今日は朝食の当番だった事を思い出し早めに切り上げると、台所に行

って朝食の準備を始めた。

しばらくして朝食が完成した。それは味噌汁にご飯に焼き魚、典型的な日本の朝食だった。

これを見ると味覚がすっかり日本人化してしまったんだなと自分でも思う。

「シンジ遅いな・・・・」

いつもは、シンジも朝早く起きてきて居間で新聞を読みながら台所にいる私の事を嬉しそう

にチラチラと盗み見しみてるのに。

時計を見ると確かにまだ普段より早い時間だけど、何時ならもう起きてきていい時間だった。

どうしたのか?少し心配になってエプロンを外して様子を見に行く事にした。

「ねえ、起きてる?」

私はもちろんそんな事は言わないで、無言でスゥーとドアを開けた。

一歩部屋に入ると、ムッとした男女の匂いが鼻に付いた。

「嫌な匂い」

そう呟くと顔を顰め鼻を摘まんだ、例えそれが自分とシンジの匂いだとしても嫌な匂い

には違いはなかった。

私は匂いに我慢しながら音を立てないようにシンジ枕元まで行き、寝顔をそっと覗き込んだ。

「かわいい寝顔」

シンジの寝顔にかかっている前髪を梳かしながら私は思わず微笑んだ、でも次の瞬間その顔

に付いている涙の後に愕然とした。

そしてシンジは寝言で「マユミ・・・」と小声で呟いた。

「そ・・そんな・・・・」

思わずそんな言葉が口からもれる。

シンジが涙を流した理由それはどう考えても昨日の婚姻届の事しかなかった、それに今のその寝

言は・・・・

私は踵を返すと足早に自分の部屋に戻った。

ねえシンジ、そんなに私の事嫌いなの・・・・・

そして自室戻るとベットの上で泣き崩れた。

・ ・・・・・・いいわシンジ、貴方がそんな私の事を嫌いならもっと嫌いにしてあげるわ。

そして自分が犯した罪を改めて思い知らせてげる。

私はそう決意して、自分でもぞっとするような薄笑いを浮かべた。

私はそのままシンジを起こさずに家を出てそのまま市役所に行き、24時間受付をしている

窓口で婚姻届を出した。

そして、名前は迷ったけど姓は碇姓にして碇 アスカにした。

母親の惣流を無くすのは嫌だったけど、シンジと一緒の姓にになりたかったから。

その後会社に出社し、三笠代表に結婚した事を報告したのだった。

三笠代表は、その事にさして驚いた様子もなくただ「結婚おめでとう」といい休暇は必要か

ね?と話しただけだった。

私とシンジが同棲している事を知っているのでさしたる驚きはなかったようだ、まあこうな

る事を予想してたのかもしれない。

私は夫の碇が教師で忙しいため当分休暇は要りません。と答えると。

そうかね、じゃあ夏期休暇を多めにやろうと言ってさっきまで読んでいた書類に目を戻した。

そして朝のミーティングで私は結婚した事を周りに告げたのだった。



私が遅く家に帰るとシンジが夕飯の支度をして待っていた。

「お帰り、アスカ。」

私が靴を脱ぐ暇もなくリビングからシンジが出てきて、私に微笑みながらそう迎えてくれる。

シンジ、私にその微笑みは辛いわ。

「・・・・・・・」

私はシンジの微笑みに対して無言と冷たい視線で対応する。

するとシンジの顔がみるみる暗いものになっていく・・・

『シンジごめん』

そんなシンジを見ながら私はそう心の中で謝罪する。

いつもならそこで違う部屋にいくのだけれど、でも今日のシンジは違った。

「ねえアスカこっち来てよ。」

と再び笑顔に戻ると私の手を取ってリビングへ連れて行った。

そこには豪華とはいえないけど、いかにも心のこもったと思われるシンジの手作りの晩御飯

が並べられていた。

そしてテーブルの真ん中には花瓶に行けられた花と、冷やされたワインが置いてあった。

「これ・・・」

私が驚いて振り返って言うと、シンジは少し照れた様子で頭を掻きながら。

「あの、その、なんにもないけどアスカとの結婚記念に作ったんだ。気に入ってくれるか

な?」

と今度は鼻頭を掻きながらそう言った。

「そう、着替えてから食べるわ。」

私はそう感情のこもらない声で、返事をすると着替えるために自分の部屋へと戻って行った。

部屋に入るとドアを閉め後ろ手にカギをかけると、寄りかかったまま私は泣き始めた。

「シンジ・・・・なぜ、私を見てくれないの・・・」

私は声を出さずに泣きつづけた。

でも着替えてくるとシンジに言ってあるから、あまり時間をかけると心配して様子を見に来

るので無理に泣き止んで、服を着替えるとリビングへと戻っていった。

そしてシンジと私、二人の晩餐が始まった。



しばらくして、シンジの様子が少し変な事に気がついた。

シンジはその事を上手く隠しているつもりみたいだけど、さすがに10年近くも一緒に生活

していると相手がなにを考えているか手に取るように解かるようになる。

私は、手に持っていたフォークを置くとシンジの目を見つめながら「なに」と冷たく言った。

シンジはチョット待っててと言って自分の部屋に一旦戻って、なにやらパンフレットの束と

小さな箱を持ってきた。

私はシンジの持ってきたパンフレットの束より小さな箱が気になったけど、シンジはその小

さな箱は机の下に隠して食器を少し退かしてパンフレットの束を私の前に置いた。

それをみてすぐなんのパンフレットか解かったけれどとりあえずシンジと聞く。

「うん、アスカも女の子だから結婚したらウエディングドレス着たいだろうな〜と思ってカ

タログだけど貰ってきたんだ。あとこれは結婚式場のだけど・・・」

まだシンジの話は続いてたけど私はウエディングドレスのカタログに目が行っていた。

私が注目していたのはモデルではなく、実際の結婚式を挙げたカップルの写真の方だった。

その二人は写真でも解かるほど幸せそうで、皆から祝福されているのが一目で解った。

それに比べて私達二人はどうなのだろう?

誰か私達の事を祝福してくれるだろうか?

私達の事をよく知らない人なら、表面的な事で祝福してくれるかもしれないけど・・・

「ねえ、アスカ。ねえ、聞いてるの?」

フと顔を上げると、シンジが少し怒った感じで私の事を呼んでいた。

パンフレットに注目していた私は、そんなシンジの言葉にも反応してなかったようだ。

私が振り向くと、シンジは少し怒った顔から微笑みへと表情を変え。

「アスカこれ」

と顔を赤くしながら、指輪の入った小箱を両手で差し出した。

それを見て思わず私は涙を流しをそうになった。

その指輪はプラチナでたぶんシンジの給料三ヶ月分くらいはしそうだった。

もしも私達が普通に愛し合い、普通に結婚したのならこれほど嬉しいことはないはすだけど、

私達の仲はそうではなかった。

私達の関係はシンジの贖罪の上に成り立っている、だからもしシンジが贖罪し終わったと思えば

もうそれで二人の関係は終わってしまう。

もし私がこの指輪を貰えば二人に関係とシンジは感情はどうなるだろう・・・・

それを思うとシンジから指輪を貰う事はできない、

だからシンジに対していつものように、いやいつも以上に冷たく当たることにした。

「なにそれ?」

「なにそれて、結婚指輪だよ。」

シンジの顔が見る見る曇っていくのがわかる、ここの中でシンジゴメンと謝りながら私は続ける。

「結婚指輪?それが?笑っちゃわね、そんな安物が私の結婚指輪なんて。」

「アスカ、それはないよ確かに安物かもしれないけどそれなりにたかかったんだよ。」

「高いていくらよ?どうせあんたの給料三ヶ月分くらいでしょう。そんなの私の一ヶ月の半分に

も満たないじゃない。そんな物で私が喜ぶとでも思っているの?フン、笑っちゃうわね。

まあ、捨てるのもなんだから婚約指輪として貰ってはあげるけどね。そうだ、結婚指輪でシンジ

が持ってるのあるじゃないそれ頂戴よ。」

シンジの持ってる指輪、それはシンジの両親が結婚した時に交わされた指輪だった。

その指輪の事をシンジは私に黙っているけど私は知っていた、確か今は銀行の貸し金庫に大切

に保管されているはずだった。

「そ、それは・・・・・」

シンジは私の言葉にショックを受けていたようだけど、それだけは答える事ができた。

「まあ、いいわ。そよれより私からのプレゼントがあるのちょっと待ってて。」

そう言うと、私はある物を取りに自分の部屋に戻った。

そして戻って来た時には手に一個のディスクが握られていた。

「なにそれ?」

私の持っているディスクを不思議そうに見ながら質問してくる。

「フフ、いい物よ。」

私はそう答えながらセットすると再生のボタンを押した。

『ねえアスカ、ねえアスカ返事してよ、黙ってないでさねえアスカ。』

『ねえアス・・・・・』

『ア・・ス・・カ・・・』

それはシンジが私を犯した時の映像だった。

「アスカ・・・・これ・・・」

シンジは本当に驚いた顔で私の方向いた。

「どうしたのそんな顔してビデオの私を見て欲情したの?あれ知らなかったのこの映像の事?

あの時て私達の行動は殆ど録画されてたのよ、まあこの時の私なんて貴方の性欲処理くらいしか

利用価値なかったもんね。でもどう?自分と私の初体験を見て、ねえ感想聞かせてよ。」

私がそう言うと、シンジは俯いたまま小さく「止めてよ・・・・」と呟いた。

「なに言ってるのあなた、自分が犯した罪でしょう直視しなさいよ。それに何が止めてよ!この時私は

身体は動かなかったけど心の中で『シンジ止めて』て叫び続けてたのよ。でもあなたは止なかったじゃ

ない!それになに俯いてるのよ、よく見なさいよ自分の犯した罪を。そして自分に幸せになる権利が

無い事を確認しなさいよ!」

「・・・止めてよ・・アスカ」

シンジはそう呟いたあとうつろな足取りで家から出て行った。

「まって、シン・・・・・・」

私は止めようと思ったけど、結局止める事ができなかった。

心の中でシンジは当分私の元から離れられないと思っていた・・・



そのあとシンジは3日間帰ってこなかった。

どうやら、またいつものように祢琥の所に泊まっていたみたいだった。

私は帰ってきたシンジを無理矢理連れだ出すと、ウエディングドレスをレンタルしている店

に行き記念写真を撮った。

そして私はその写真で手紙を作り、『結婚しました』碇 シンジ 惣流・碇・アスカ・ラングレー

と文を添えてマユミの元へと送った。

私はこれで少しはマユミと、シンジの仲が引き裂かれると思っていた。

でも、その事は時計の針を早める事にしかならなかったのだった・・・



第5話 桜草へ

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Ver1.10