1999,03,03
渚の英雄伝説 −第60話−
同盟政府からの停戦申し入れに対し帝国軍は一つの条件を提示した。
「ハイネセンから通信です。最高評議会は帝国の要求を全面的に受け入れることを表明、ヤン・ゲンドウ提督には速やかにその責務を果たされたしとのことです」
電文を読むマヤの顔には『納得できません』と大きく書いてある。これではまるで生け贄ではないか。
いつものポーズで報告を聞き終えたゲンドウは静かに命令を下す。
「冬月、シンジを寄こしてくれ」
「よいのか?ゲンドウ」
「かまわん、そのためのシンジだ」
「・・・レイ君が黙ってはいないぞ」
「うっ・・・作業はレイにまかせる。問題ない」
「やっと着たわね」
ブリュンヒルトの格納庫で腕組みしながら、イライラとつま先をトントンやっているアスカ。視線の先には同盟タイプのシャトルがゆっくりと近づいてくる姿があった。
「ここにいるんだね、カヲル君」
タラップに立ち感慨深げにあたりを見回すシンジ。
「・・・これがブリュンヒルト。初めてなのに、初めてじゃない感じがする」
後に続くレイ。
ちなみにこの艦はフェザーン侵攻の際に轟沈した先代ブリュンヒルトに代わり、軌道上に放置されたレイの零号機を鹵獲、改修したものであったりするから、レイの感想は正しい。
「ふっ、貧相な艦だ」
前の二人を後ろから押しのけるようにしてあらわれた男、ヤン・ゲンドウ。
作業はまかせると言いつつも、レイのことが心配でついてきてしまった。
「艦が貧相なら、出迎えも貧相だな」
出迎えに来たアスカを傲然と見下ろす。
ブチ
「惣流パーンチ」
「ぐはぁ」
きれいな弧を描いて宙を舞うゲンドウ。
「アンタばかぁ!呼ばれもしないクセに、エラそうにしてるんじゃないわよ!」
大の字にノびているゲンドウに向かってビっと人差し指をつきつける。
「それからソコ!アンタも呼んだおぼえなんかないわよ!」
今度はレイを指さす。
「碇君は私がまもるもの」
かばうようにスイっとシンジの前に移動するレイ。
その動作がなんとなくおもしろくないアスカ、更に言葉を続けようとした所に横から声をかけるモノがあった。
「機先を制したコトは認めてやろう。ふっ、しかし、しょせんは小娘。非力だな」
ガクガクと震えるヒザを押さえつつ、ゆっくりと立ち上がるゲンドウ。
「足にキてるクセに、なに言ってるのよ」
かまわずゲンドウは先の攻撃で蜘蛛の巣状にヒビのはいったメガネをハズす。あらわれた彼の瞳にやどる妖しき光。
「えっ、体が動かない・・・まさか、邪眼」
その瞳を見たモノをマヒさせるという邪眼、なぜゲンドウがそうなのかは謎である。
「いささかツメが甘かったなようだな」
「くっ、これくらいで勝ったなんてなんて思わないでよね!」
アスカはその蒼き瞳を自らの意志で閉じる。ただ単に目をつぶったとも言う。
「ぬっ、まさかそれは心眼。なぜ貴様のような小娘が!」
視覚に頼らず、心の目をもって相手の動きを察知するという心眼。なぜアスカが会得しているのかと問うことなかれ。
「ねぇ綾波、なんだかすごいコトになってるよ」
「・・・こっちよ」
勝手にもりあがる両者をヨソにスタスタと先を歩くレイ。
「あっ、待ってよー」
あわてて後を追うシンジ。
背後からは二人がやりあう「砲丸」だとか「真雁」だのと言った声が聞こえてくる。戦いはベタベタな展開に移行したようである。
「やあ、待っていたよシンジ君」
「・・・カヲル君」
執務室で久しぶりの対面をはたした二人。妖しい雰囲気を醸し出す前にススっとシンジに寄り添って牽制するレイ。
「・・・レイも・・・久しぶりだね」
「・・・そうね」
「シンジ君との毎日は楽しかったかい」
「ええ、とっても」
「・・・・・・・」
「泣いてるの?カヲル君」
「・・・そんな事はないよ。久しぶりにシンジ君の顔を見ることができて、ちょっと感動しているだけさ」
「悔しいのね」
「・・・・・・・」
「カヲル君、肩がふるえているよ」
「私はたくさんの時を碇君と過ごしているのに、あなたは一人。だから・・・悔しい」
「綾波・・・なんだか嬉しそうだ」
「そう?・・・よくわからない」
「ふふ・・・ふふふ・・・ふふふふふ」
「ああ、カヲル君が壊れた」
「ふふふふ、レイ、君も一緒に連れて帰るつもりだったけど気が変わったよ。君とはここでお別れだ」
「・・・そう」
「もう行っちゃうの?」
「約束通り、僕は宇宙を手に入れた。これから帝国に戻って、いよいよ至尊の冠に手をかける事になるだろうね」
「そうなんだ・・・」
「それでは、レイ、君のことだから心配はしないが元気でいてくれ」
「うん、じゃあね、カヲル君」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「えーっと、シンジ君。君にも一緒に来てほしいんだけど」
「ええ!」
心の底から驚いているシンジ。
「ダメなのかい?」
「うん」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「その、よかったら理由を教えてくれないかな?」
かなりひきつった笑顔のカヲル。まさかここでシンジに断られるとは夢にも思っていなかったようである。
たいするシンジは、壁のモニターに映る惑星ハイネセンを見つめていた。
「・・・ここには大切な人がいるから」
シンジの脳裏には、クリスマスに会ったユイさんの笑顔が浮かんでいた。
「・・・大切な人(ぽっ)」
なにか勘違いしているレイ。
「カヲル君がそう言ってくれるのは嬉しいけど、僕はユリアン・シンジだから・・・だから、ゴメン」
深々と頭をさげるシンジ。
真っ白に燃え尽きているカヲル。
真っ赤に頬を染めているレイ。
「石灰岩」とか「ウズ救命丸」とかいう戦いの声が遠くの方から聞こえていた。