2月のある日の物語

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書いた人:ZH








「い、急がないと閉まっちゃう」

 そう言いながら、人気のない廊下を駆け抜ける黒髪の美しい少女がいた。彼女の体が上下するたびに長い黒髪がなびく。
 彼女自身は精一杯急いでいるが、大人しそうな外観に相応しくあまり運動は得意ではなさそうで、その走りはパタパタとせわしない割にはスピードは遅かった。具体的に書くなら100m走に20秒以上くらい。
 彼女自身自分の足が遅いことを知っているし、余り忙しなく走ることを好んでいないようだが、だとしたらなぜ彼女は走っているのだろう。

「忘れ物するなんて最低〜」

 と、言うわけで。
 図書委員の仕事をし終わり、帰宅する途中で、図書室に忘れ物をしたことに気づき慌てて取りに戻っていたのだった。

 図書主事の教師は時間に厳しいことで有名だ。閉館時間を過ぎれば情け容赦なく戸を閉めるだろう。遅れるわけにはいかない。別に一日くらい…という意見もあるかも知れないが、彼女にその意見は問答無用で却下だ。
 忘れた物は彼女の日記なのだから。別に重大な秘密とかが書いてあるわけではないが、かといって人に見られるのはまっぴらゴメンだ。
 マユミの足が自然と速くなる。

「あ、後2分。お願い、間に合って!」

 そう言いながら勢いよく彼女が角を曲がったとき!

「えっ?」
「きゃ!」

どっし〜〜〜〜ん!!

 出会い頭に誰かと衝突。2人仲良く廊下に転がる。髪がもつれてお互いに絡まり、手足も何故か妙な具合に絡まって…。

「あいたたた」
「いたた…あっ、すいません急いでいて。前を見てなくて、ごめんなさい」

 相手の体臭を感じて、ちょっと胸をドキドキさせながらもどうにかこうにか体をはなすマユミ。そしてお互いに頭を押さえながら立ち上がる。
 パッと見、自分とそう背の高さが変わらなかったから女子生徒かと思ったが…。だが、上半身は白一色、下半身は足首まで黒色となれば、ぼやけた視力であっても相手が男子生徒であることはわかった。

(お、男の人にぶつかったんだ…)

 その時、マユミはぼんやりとした自分の視線にも気が付かず、相手の額からタラリと流れる一滴の血に気が付いた。

「あっ、血が出ています。本当にごめんなさい」

 自分のお気に入りのハンカチが汚れることもかまわずそっとさしのべる。

「べ、別に良いよ。僕も不注意だったし…。
 えっと君…山岸さん?」
「えっ、そう言うあなたはあれれ、眼鏡がどこかに」
「はい」

 今頃になって眼鏡が飛んだことに気が付き、慌てて床にはいつくばる。彼女の考えでは、顔から火が出るようなみっともない、無様な格好をしているマユミに、彼女の眼鏡が優しく手渡された。
 礼を言うのもそこそこに、眼鏡を受け取りそれを掛け…。

「ありがとうございます…碇君!?」

 あまり親しいわけではないけど、良く見知ったクラスメートの姿にマユミは驚く。
 顔を知っていたからだけではない。惣流アスカと綾波レイ、2人の美女がしのぎを削っている原因と噂される少年だったからだ。

「あ、僕のこと知っててくれたんだ」
「うん、クラスメートだし、それに…」

 ふと視線を落とすマユミ。彼女は本当はもっと話したかった事があったのだが、胸が自分でも異常と思うくらい高鳴り、それができなくなっていた。その原因をその時の彼女は知らない。ただその息苦しさが不思議と心地よかった。

「? 山岸さん、僕もう帰るから。山岸さんは図書委員の仕事?大変だね」
「え、別にそんな…本が好きですし…」

(わ、私何を言ってるの…。もっと別なことを言うべきなのに)

 口ごもるマユミにちょっと首を傾げたシンジだったが、すぐに小さく笑った。

「そんなに謙遜しない方が良いよ。自分を偽たってあまり良いこと無いから」
「えっ?」
「なんでもない。じゃあ、また明日」
「さ、さよなら」

それが2人の本当の意味でのファーストコンタクトだった。

続劇




後書き

この話は元々は閉鎖した【Holy Beast 聖なる獣】の、バレンタイン記念の部屋に投稿していた作品です。
内容自体はそれとかわりはありませんが、
今回、山岸マユミ補完委員会に再掲載してもらうに当たって、誤字脱字などの修正を行い、また一部加筆しました。

たぶん、私がもう二度と書けないであろうラブコメの話です。考えてみれば、これを書いたとき(1998/02)はまだ学生だったんですよねぇ…。
時の経つのは早いものです。

2002/03/14 記す